« 2009年02月 | メイン | 2009年04月 »

どんぐりころころ

2009年03月31日

可愛い歌なのだけれど、どうもこのお池に落ちてしまったどんぐりがその後どうなったのか? と思わせる唐突とした終わり方の歌です。
どじょうは雑食性で冬眠するため、どんぐりを飲み込んでしまうというのが、本質だと調べて分かったとき、確かにショックでしたね。
そこから、山から降りてきた「どんぐり坊や」と「どじょうひげの男」、これは工場長だったり、勤め先のご主人だったり…青春を棒にふった少年たちの末路を歌っているという深読みが成立する歌です。
この歌が作られたのが大正年間であるということもあります。
可愛い歌というより可哀想な歌というのがほんとうではないか? と「童謡の秘密」で書き、「なるほど!」と声を寄せられた僕にとっては思い出深い一曲です。
そろそろどじょうは冬眠から目覚める時期でしょうか?

※著作権が保護された作品のため、演奏、録音は控えました。

紅屋の娘

2009年03月27日

先日、山形新聞さんの主催でトーク&コンサートに出向きました。前日に山形に入り、そのまま新幹線で天童まで行きました。
将棋の駒の生産地としてなじみ深いこの町は、歌謡界にとって、そして童謡界にとっても大切な歌手、佐藤千夜子(ちやこ)の生まれ故郷です。

千夜子は日本におけるレコード産業スタート時に数多くの歌をレコードに吹き込み、はやらせていった「レコード流行歌手第一号」です。
NHKの「いちばん星」という朝の連続テレビ小説で取り上げられ、その名を再び轟かせました。

その千夜子の生家跡が、天童民芸館として残っているのです。行きましたよ! 
この地は昔から紅花の生産地としても有名ですが、千夜子の家は豪商で紅花なども売っていました。
つまり「紅屋の娘」とは、そのまま千夜子自身を歌ったものだったのです。
これは当時、レコードを聴く蓄音器の普及台数を遥かに越えた20万枚以上の大ヒットとなった「東京行進曲」のカップリングで歌われた愛唱歌です。
彼女は「雨降りお月」や「毬と殿さま」といった童謡もレコードで流行させましたが、「波浮の港」とともにその後、流行歌としてではなく愛唱歌として歌い継がれたのが「紅屋の娘」なのです。
生家跡の横には、共同墓地で千夜子が眠っています。
手を合わせながら、千夜子という人が日本文化にとってどれだけ大切な人かをこれからもしっかりと伝えていかなければならないと心に期したのです。
古賀政男を発掘したのも彼女ですし、あの「影を慕いて」をはじめてレコーディングしたのも彼女です。
先年亡くなったフランク永井が後に歌い、昭和36年度の「レコード大賞」を受賞した「君恋し」(♪宵闇せまれば・・・)も、二村定一とともに競作という形で昭和4年にレコード化し、ヒットさせたのも佐藤千夜子なのです。
イタリヤ・スカラ座のオーケストラで「船頭小唄」や「ゴンドラの唄」などを録音し、世界に日本の歌を届けた人でもあります。

今、ちょうどこの原稿を書いている最中に、山形民芸館から電話がありました。
あまりの偶然に、なんだか千夜子さんとつながっている気がしてなりませんでした。
まだ雪が降って寒い・・・とおっしゃっていました。
山形においでの折りは、みなさんぜひ民芸館に足を延ばしてみてくださいネ。

そういえば僕の誕生日は12月13日なのですが、千夜子さんのご命日は同じ日なのです。

歌を聴く

20080919095725_doyonofukei-180.jpg

*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

初恋

2009年03月24日

この作品は啄木が亡くなって、ずっと後になって曲がつけられました。

それにしても学生時代にこの歌を初めて聞いたとき、なんと美しくもせつない詩とメロディーだろうと思ったものでした。
初恋は誰にでも経験があるものです。

一番最初に好きだなあと思った小学校一年生のときに近くに住んでいた“さんちゃん”は元気でしょうかね?

※著作権が保護された作品のため、演奏、録音は控えました。

春の小川

2009年03月20日

「かごめかごめ」同様、「童謡~」シリーズのきっかけともなった「春の小川」。
♪さらさら行くよ・・・と歌われている部分は、はじめ♪さらさら流る・・・と書かれていたことや、その最初の詩のまま歌碑になっていることなどから、娘の「どうして?」があったわけです。

その歌碑は私の家から歩いて行ける距離にあります。
久しぶりに先日、行ってきました。
娘の「ねぇ、小川はどこにあるの?」と質問された川は暗渠となって見ることはできません。
先日コンサートの折り、ある男性がおいでになって「ここの部分は暗渠されて見えませんけれど、この流れは渋谷区内でも何箇所か見えるところがありますよ」と教えてくださいました。
今度、それも見に行ってこようと思っています。

歌を聴く

20080919095725_doyonofukei-180.jpg

*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

かごめかごめ

2009年03月17日

「童謡の謎」がベストセラーになったきっかけのひとつが、この「かごめかごめ」だった気がします。

「かごの中の鳥はいついつ出やる・・・」。
かごめはどんな意味なのだろうか? といろんな角度から調べましたが、囲め、かがめ、鴎・・・そして籠目といろんな説の中から、僕はどうしても“籠女”説を押したいのです。
籠の女と書いて“かごめ”。
籠の中の女は、♪逢いたさ見たさにこわさを忘れ・・・の「籠の鳥」に通じる気がするのです。
遊郭に売られた女の悲しさを、♪いついつ出やる・・・と心配する親や兄弟。
是非、詳しく書いた「案外、知らずに歌ってた童謡の謎」(童謡の謎1)を手に取っていただければ・・・。


歌を聴く

惜別の歌

2009年03月13日

卒業の季節ですね。

♪悲しむなかれ わが友よ・・・。
最初島崎藤村は、姉の旅立ちに思いを寄せる妹の心を描かれていましたが、太平洋戦争末期に戦地に赴く友へあてた歌として、♪わが姉よ・・・が、♪友よ・・・に変わったのです。
つまり、この歌は藤村の詩に、ただ戦友を送るというだけでレコーディングするためでも、何かの演奏会で発表するためでもなくかかれたメロディーだったのです。
自分の生活の中で、自分なりにメロディーをつけて鼻歌交じりに歌っただけ・・・といったことです。
戦争が終わり、この歌も誰も歌わなくなったのですが、どういうわけか残された人たちが歌いついだのです。

そこで起こったのが、うたごえ喫茶ブーム。昭和36年頃からです。
このブームの特徴は、外国曲やまたは地方やバスガイド、登山者など特定の中でだけ歌われていた歌たちを、みなで発掘して歌うことだったのです。
「おおブレネリ」や「アルプス一万尺」「おお牧場は緑」などその後、童謡として歌われることが多かった外国曲もここで紹介され、認知されまた。岩手県だけで歌われていた「北上夜曲」も、ボート部だけで歌われていた「琵琶湖周航の歌」もみなこのときに発掘されました。
そして「惜別の歌」もその過程を通って人々の愛唱歌に変貌を遂げたのです。
そのとき、この歌は戦友を送る歌ではなく、卒業や送別の歌として人々に歌われたのです。
当時、若手人気俳優として裕次郎と人気を二分していた小林旭が、同じく“うたごえ”で発掘された「北帰行」とカップリングでレコードを発売し、よりたくさんの人々の愛唱歌になりました。

僕も先年、「本当は戦争の歌だった 童謡の謎 CD付」の中でレコーディングしましたが、いい歌ですね。
テレビで1回とステージでも2~3回しか歌ったことないけど、これからはコンサートのメニューの中に入れていきたい楽曲ですね。

あ~あ、今回は長かった!!

20080919095725_doyonofukei-180.jpg

*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

※著作権が保護された作品のため、演奏、録音は控えました。

汽車

2009年03月10日

「汽車」の童謡唱歌といえばこの、♪今は山中 今は浜・・・のほかに、♪お山の中ゆく汽車ぽっぽ・・・(何だ坂こんな坂)、そして、♪汽車汽車 ぽっぽ ぽっぽ しゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽ・・・とすぐさま3曲思い出すことができます。
講演でよく、この最後の「汽車ぽっぽ」を『皆さん、ちょっと一緒に歌ってみてください』とお願いすると、「汽車汽車ぽっぽぽっぽ…」が「汽車汽車しゅっぽしゅっぽ・・・」と歌う人によく出くわします。“ぽっぽ”ではなく、“しゅっぽ”・・・と。
みんな大笑いになるんですが、童謡とか唱歌って、ちいさいときに思い込みで覚えてしまったりするんですね。
意外なまちがって覚えてる歌は、♪雪やこんこ・・・も加え、相当ありそうです。

※著作権が保護された作品のため、演奏、録音は控えました。

さくら

2009年03月06日

桜は日本の国花です。
ふるさと、北海道はまだまだ桜にはほど遠いですが・・・。そろそろ南から始まる桜前線の北上が開始しそうです。
東京は靖国神社の決まった桜の木の花が咲くと開花宣言されます。
開花をニュースで知らすのですから、やっぱり国花と言っていいわけでして・・・。

さて、2月28日に靖国神社で童謡コンサートを開催してきました。
ひな祭りコンサートの親子の集いなのですが、年々大人の方が僕のコンサートを見に来てくれる割合が増えているような気がします。
去年までは「たなばたコンサート」だったのですが・・・。
童謡イコール子供のものという観念はもう薄れてしまったのかもしれませんね。


歌を聴く

20080919095725_doyonofukei-180.jpg

*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

赤い鳥小鳥

2009年03月03日

もしも北原白秋が「メロディーをつけてもよい」ともう少し早く言っていたら、おそらく童謡第一番目の歌になっていたはずです。童謡第一号曲の「かなりや」よりも先に雑誌「赤い鳥」に掲載されていたんですからね。
白秋はこの歌をある地方の子守唄をヒントにして作ったという。
その子守唄こそ、北海道帯広付近で歌われていた「赤い山 青い山」という歌です。
これは北海道には珍しい、和人が作った子守唄です。

歌を聴く

プロフィール

プロフィール

合田道人
ごうだ みちと。1961年(昭和36年)、釧路市生まれ。高校在学中に渡辺プロダクションからシンガー・ソング・ライターとしてデビュー。翌年数々の新人賞を受ける。その後、音楽番組の構成、司会、CD監修・解説に加え、作詩・作曲など多方面で活躍。著書「案外、知らずに歌ってた~童謡の謎」などで童謡ブームの火付け役となり、「歌う作家」として講演・コンサートで全国をまわっている。
07年4月から北海道新聞で「あの日の歌景色」を連載中。

歌を聴くには

「歌を聴く」ボタンをクリックすると、タイトルの歌を聴くことができます。

歌が再生されない場合は再生ソフト「『Windows Media Player』(無料)」をインストールしてください。ダウンロードするには、下のロゴをクリックしてください。


※録音物の著作権は、北海道新聞社、ミュージック・オフィス合田に帰属します。

ブログ内検索

カテゴリー

最近のエントリー

バックナンバー

コメント

トラックバック