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埴生の宿

2009年02月27日

「埴生の宿」は、この連載のスタート直後に書きました。
実はこれを書いてから、本になりましたが意外なミス・プリントを今回発見してしまいました。
この道新ブログのために譜面を見ながら歌ったわけですが・・・。2番の歌詞、♪瑠璃の床も うらやまじ…。丁寧に本にはルビで“るりのゆかも”と書いています。しかし、これは“るりのとこも”が当たりなのです。
考えてみれば、埴生の宿とは貧しいおんぼろな家といった意味ですが、たとえこんなおんぼろな家であっても暖かくて楽しいわが家、ふわふわとした布団、ベッドだってうらやましくなんてない…と歌っているわけです。
“とこ”つまり“寝床”のことをさしているのです。
“ゆか”では意味が判明しないではないですか? フローリングのことでしょうか? それとも床暖房? 
でも考えてください。この作品は明治時代の歌ですから、フローリングやら床暖房なんかあるわけありません。まして、たたみの生活が普通の日本人の感覚の中に、うらやましい“ゆか”など存在しないはずです。
では、どうしてこんな間違いが起きたのでしょうか? 
実はとても有名な譜面集などで、わざわざ“ゆか”とルビを振っているものが多々あったのです。そのため、それが孫引きされてしまったようなのです。
新しい僕の本の増刷分からは、“ゆか”のルビが外されていますが、あなたの持っている本はどうなっていますか? ルビ付き? おや、それはお宝の方ですね(笑)。
もちろん歌は“とこ”と歌っていますので、お聞き下さい。


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*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

人形

2009年02月24日

懐かしい歌のひとつです。
小さいとき、近くに住む女の子が人形を抱きながら歌っていた記憶があります。けれどもそれっきり忘れていました。
男の子が好んで歌う内容でもないからでしょうか? 今では、あまり聞く機会に恵まれない一曲になってしまいました。
今回歌ってみて改めて譜面を見ましたが、「ああ、ここはこういうメロディーだったのか・・・?」と記憶の糸を手繰りました。
それにしても男の子、いや、おじさん(?)が歌う歌ではないことだけは確かですね。
どうぞ笑いながら聞いてみてください。結構マジに歌ってますけど…。


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浜千鳥

2009年02月20日

新潟でも千葉でも埼玉でも、それに高知や三重でコンサートをしたときも、「この街の歌です」と言ってからよく歌う歌です。
作曲した弘田龍太郎は高知の生まれ、少年期は三重の津で過ごしていたため歌碑が経っていて、さらに作詞家の鹿島鳴秋は新潟の柏崎海岸で、この詩を作ったとされています。さらにそのときの住まいは埼玉県浦和市であり、また歌われている、♪親を探して鳴く鳥…、つまり娘が亡くなった千葉県房総半島と、どこの地も「この街の歌」と言う歌なのです。
先日、デビューが童謡歌手だった島倉千代子さんとご一緒に埼玉でステージをしたときに、母子(おやこ?)共演で「浜千鳥」を歌わせて頂きました。
いい思い出になりました。


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*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

才女(アニー・ローリー)

2009年02月17日

名作ですね。 今回周平のピアノとともに歌ってみましたが、歌い甲斐のある歌です。 今回は学校の唱歌として明治時代に歌われた「才女」の歌詞で譜面に忠実に歌ってみました。 それにしても「才女」が紫式部や清少納言を歌っていたとは、ちょっと不思議な気がしました。 でもそういった歌詞に合わせながら、歌で歴史や歴史上の人物、事柄を教えるのが学校で習う唱歌の本来の意味だったのです。
その点を考えて、別に硬い教育的な歌ばかりではなくても勉強になる作品を教えたり、歌ったりするのはとても必要なことだと思います。

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山寺の和尚さん

2009年02月13日

これはわらべ唄として、昔からあった歌を服部良一さんが編曲してジャズコーラスとして発表してから誰もが知る歌となりました。
一昨年でしたか。僕が構成するショーの中で服部良一生誕100年を特集して、この歌をボニージャックスの皆さんに歌っていただきました。
実に切れがよくて、いいジャズ童謡になっていました。
「森へ行きましょう」や「静かな湖畔」などとは違った重唱で楽しめる名作です。

※著作権が保護された作品のため、演奏、録音は控えました。

江戸子守唄

2009年02月10日

この歌の題名が、「江戸子守唄」だということがそもそも驚きです。
小さいときに聞いた子守唄で、もっともポピュラーなものが、この、♪ねんねんころりよ おころりよ…でしょう。
「五木の子守唄」「島原の子守唄」は、「童謡の謎」の本にも書いたのですが、ともに九州の子守唄。とくに2曲とも戦後になってから流行歌として全国に広がったのに対し、こちらの子守唄はレコードや放送によって広がったわけではありません。
だから「江戸子守唄」という題名は、本当は江戸から発して広まった子守唄という意味なのですが、実は東京の子守唄なのではなく、江戸時代にできた子守唄なのかな? と思うほどです。


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リンゴのひとりごと

2009年02月06日

この歌もあまり聞くことがなくなった童謡ですね。僕もコンサートの中で一回も取り上げたことがありません。
けれどはじめて聞いたときから、どこかさびしげな歌だなと思いました。

リンゴといえば、どうしても青森、秋田といった東北を思い起こします。
ちょうどこの歌が作られた時代、戦争に向うさなかでした。そして起こった凶作。
売られてゆくリンゴが、可愛い女の子、生活のために田舎から働きに出るようになった女の子だと思われて仕方ないのです。
♪お顔をきれいにみがかれて…。
つまり、きれいな着物を着せられて、お化粧を施して売られてゆく女の子たち。
その行き場所はどこだったのか? 
考えてくるだけで悲しくなってくるのです。

世界では今も餓えた国などでは、小学生や中学生の女の子たちがそういう生活を強いられていると言います。
以前、「徹子の部屋」に出演したとき、徹子さんがおっしゃっていました。ユニセフでいろんな国に訪れたとき、アフリカの国で日本円でいえば100円ぐらいで、「私を買ってください」という子供が、カメラマンなどの男性に言い寄るのだそうです。あまりにも悲しい、けれどそうしなければ生きていけない現実がそこにあることを教えてくださいました。
日本の六十数年前も、そんなことが蔓延していたのですね。
忘れたいけれど忘れてはいけない事実がそこにあるのです。


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*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

まめまき

2009年02月03日

僕はちいさいときから、」どうして「お正月」や「ひなまつり」「こいのぼり」に「たなばたさま」と行事の歌(童謡)があるのに、節分だけないのだろうか? と不思議でした。
それが娘が幼稚園の時代に、♪おにはそと ふくはうち…とこの歌を歌っているのを聞いて、「新しいまめまきの歌が生まれたんだ」と思いました。
しかし違っていたのです。この作品は昭和6(1931)年に発表されていたのです。
「どうしてこの歌を知らないのだろうか?」。
これは「童謡の謎2」で書きましたが、なんとその後日本は戦争に突入、鬼退治は豆ではなく鉄砲となり、さらに豆も大切な食糧であるとされて、まめまき自体がおろそかになった。そしてこの歌は歌われなくなったというのです。
私たち、高度成長期の時代に生まれた人たちは親世代がちょうどその戦争時代、つまり豆まき中止時代に子供だったため、教えられなかったのでしょう。
うちの嫁さんも知らない歌! と言っていました。
それが節分の行事復活とともにこの歌も復活したのです。
それならなぜ、僕らが小さいときの幼稚園ではこの歌が歌われなかったのでしょうか? 
歌が復活したのはその後だったのでしょう。
今の幼稚園ではなくてはならない節分の歌ですが、四季の行事の童謡を集めた「たのしいいちねん」というCDを監修したときに、この歌を教えてくれた娘たちと一緒にレコーディングしました。
上の娘が9歳、下が6歳のときです。
正月に僕の妹夫婦が年始あいさつに来たとき、今年で中学2年生になる下の娘が「私のCDデビュー曲は「まめまき」。今年で芸能生活8年目ですから・・・」と言ってみんなで笑いました。


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プロフィール

プロフィール

合田道人
ごうだ みちと。1961年(昭和36年)、釧路市生まれ。高校在学中に渡辺プロダクションからシンガー・ソング・ライターとしてデビュー。翌年数々の新人賞を受ける。その後、音楽番組の構成、司会、CD監修・解説に加え、作詩・作曲など多方面で活躍。著書「案外、知らずに歌ってた~童謡の謎」などで童謡ブームの火付け役となり、「歌う作家」として講演・コンサートで全国をまわっている。
07年4月から北海道新聞で「あの日の歌景色」を連載中。

歌を聴くには

「歌を聴く」ボタンをクリックすると、タイトルの歌を聴くことができます。

歌が再生されない場合は再生ソフト「『Windows Media Player』(無料)」をインストールしてください。ダウンロードするには、下のロゴをクリックしてください。


※録音物の著作権は、北海道新聞社、ミュージック・オフィス合田に帰属します。

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