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たんたんたぬきの

2008年12月30日

今年もあっという間に終わりなのですね。
来年もいい年でありますように、明るく笑っていられますように・・・とこんな楽しい歌を選んでみましたよ。
「たんたぬきのきん○○○…・・」ですが、この歌実は実は最初、讃美歌として日本に入ってきました。いえ
いえ、今もなおしっかりと讃美歌、聖歌「まもなくかなたの」として歌われているのです。
それにしても「たんたんたぬきのきん○○○・・・」が讃美歌だって、聞くだけでなんだか楽しくなるじゃないですか。

でも、どうして神聖な歌のはずが、こんな風に変わってしまったのか? 
推察は本日の新聞のとおりなのですが…。
実は当時はまだ混浴でした。男も女も一緒に風呂に入る習慣があったわけです。
そんな中で伝道者たちも一緒に入浴というシーンがあったそうです。
そこで、風もないのにぶ~らぶ~ら…が定説化してしまったとか? 
しかし外国では一緒にお風呂どころか、湯船につかるということもあまりありませんでした。
混浴が禁じられたのも、文明開化の証しだったのかもしれませんね。

それでは、よいお年を!

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あの町この町

2008年12月26日

とってもさびしくなる歌なんです。
「あの町この町日が暮れる・・・」、「ああもうお外で遊べない時間なんだな…」というところから、さびしいというよりは子供心には、つまんない! 悲しい! というところなのかもしれません。
しかし、こうやってパソコンを使いこなし、携帯電話を持ち、ネットが氾濫し…という時世です。
塾が終わって、「今来たこの道かえりゃんせ…」なら意味もわかるのでしょうか? 
そのうちに外で夕方まで遊ぶことを知らない子供たちばかりになってしまうかもしれません。
とくに都会はそうですよね。
都庁がまぢかに見える場所に暮らしている私もそのひとりです。
うちの娘たちもそんな子供になっていくようで…ちょっと切なくなります。
だからでしょうか? 
この歌を子供の遊びが終わって日が暮れるではなく、命のともしびが、日が暮れるという切なさにイコールさせてしまうのは。

時代によって、歌の解釈も変わってゆくのかもしれませんが、それもそれでまたいいのかもしれません。
歌はその人その人が聞く時の心によって左右されます。環境によって聞こえ方が違います。
新しい年こそ、いい年であるように、いつも心豊かに歌が聞こえてくるようにと祈ってやみません。
そして、「今来たこの道・・・」が、遊んでいる光景だということを誰もが理解できる美しいにっぽんの再起を願います。

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*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

あわれの少女

2008年12月23日

この歌詞がいわゆる唱歌として学校で習うようになっていた詩ですね。
「スワニー河」の歌詞としても有名ですよね。
フォスターの名作として「草競馬」「おおスザンナ」とともに人気があります。
でもこの歌、一時期フォスター作曲となっていなかった事実をご存知ですか?
なんと作ったあとフォスターはこの曲の権利を売り飛ばしていた時期があるんですよ。
この歌を初演してくれた人気一座のリーダーに10ドルで、さらにこれをリーダーの名前、クリスティの作品とすることを5ドルの追加で認めてしまったのです。
ですからフォスターの作品として公認されるまで20年近い歳月は、この歌がフォスター作と記されていませんでした。

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もみの木

2008年12月19日

クリスマスソングの定番の一曲でもあるこの歌ですが、クリスマスツリーの起こりって面白いですよね。
冬になっても緑をたやさない常緑樹。たとえば松やひいらぎ、月桂樹、そしてもみの木…。実はそんなに多い数ではないのです。
だからこそ人々は、そこに神が宿っていると信じたのです。それはごく自然な発想と云えましょう。
そこに最初はいけにえ、人間が吊るされていたのです。
そこらを詳しく書き、合田説を立ち上げたのが処女作の「案外、知らずに歌ってた 童謡の謎」です。
是非、読んでみてください。

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*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

アベ・マリア

2008年12月16日

僕の幼稚園は、三笠だったんですがそこがキリスト教の幼稚園だったのです。
僕はキリスト教徒ではありませんが、♪マリア様 マリア様 イエズス様のおかあさま・・・という歌を教わり、今もメロディーもしっかりと覚えています。が・・・この曲名なんて言うのでしょうか? 

中学時代、旭川に転校し、うちの近所になんと…「氷点」や「塩狩峠」の三浦綾子先生が住んでいらして、父に(父はノンフィクション作家の合田一道)連れて行ってもらったことがあります。

僕は先生にお会いする少し前に、ひとりで映画に行って「塩狩峠」を見たんですね。
いや、実は坂本九さん主演の映画「坊ちゃん」をやってて、それを見に行ったんです! 
ちょうど漱石を初めて読んだ頃でね。
そのとき、「坊ちゃん」と同時上映されていた映画が「塩狩峠」だったのです。
まだ小学生だったから、この作品は三浦綾子のもの…なんて全く知らなくって・・・。
さらにその先生に数ヵ月後に会えるなどとも思わないで、ただ映画を見てやたら感動してしまい、文庫本と聖書が映画館に売られていたんで、それ買ったんですよ! 

どういうわけか、そのあと札幌で入った高校もカトリック系だったんですね。
マリア様が学校の屋根にそびえたつ学校です。
アベ・マリアを聞くたびに、なぜかそんな時代の想い出が浮かんでくるのです。

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船頭小唄

2008年12月12日

野口雨情作詞、中山晋平作曲といえば、僕のコンサートでは欠かせず、先日のNHK-FMの「童謡唱歌三昧」にゲスト出演した時も、話して朗読した「しゃぼん玉」を思い出します。
ほかにもたくさんの童謡を作った名コンビなのですが、この演歌の源流とも言える「船頭小唄」(枯れすすき)も二人の作品なのです。
これを「童謡の風景」に入れるのは、ちょっと心苦しかったのですが、あえて抒情歌の名作として取り扱いました。

もうひとつ理由として「波浮の港」「雨降りお月」「まりと殿様」「紅屋の娘」などをレコードを通して人々に知らしめた佐藤千夜子が、レコーディングした「船頭小唄」を聴くと、決してこれは今で言う、演歌とは違った作品に聞こえてきます。
これは大正時代に歌われていた作品ですが、当時まだレコードは普及していなかったため、いわゆる演歌師の人たちによって流行りました。
演歌師イコール演歌歌手ではありません。バイオリンを持ちながら街角や辻で歌を届ける人たちのことです。
のちでいう”流し”という職業に近い人といえるかもしれませんが、流しはお客様のリクエストに応えて歌うのに対し、演歌師はもちろんリクエストにも答えたでしょうが、新しく生まれた巷の唄を流行らせる任務をになっていた気がします。

現に「船頭小唄」だけでなく、童謡唱歌以外、つまり教科書で教わる歌以外は、「浜辺の唄」にしても「真白き富士の根」にしても「ゴンドラの唄」も、みな演歌師たちによって普及したのです。演歌師が歌うのは、演歌、今でいえばサブちゃんや冬美ちゃんが歌うような歌とは違ったわけです。ラジオもレコードも、ましてテレビや有線放送もなかったこの時代、演歌師と呼ばれる職業の人々によって、流行歌は作られ、広がっていたのです。そうなれば、今なお歌われているということはすごいことだということになります。

さらに現代まで息の長い歌として掘り起こしたのは、名優・森繁久彌さんだと思います。

森繁さん主演、昭和32(’57)年封切りの映画に「雨情」があります。詩人・雨情の悲しく貧しい暮らしの中で生まれる名作たちとの出会いを描き、その主題歌として森繁が吹き込み再ヒットさせたのです。それからは美空ひばりや森進一など演歌のスターたちが歌うようになり、いつの間にか”演歌の源流”と言われるようになったのですね。

さあ、僕は今回はどうやってこの歌を歌おうか? と思案しましたが、やはり全歌詞に息吹を込めながら歌ってみると、なかなか演歌のにおいが漂い始めました。歌は心で歌うもの・・・、演歌とは演じる歌なのだ・・・と、つくづく感じました。それにしてもほんとに悲しい歌です。そしてほんとに名作です!

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*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

ともしび

2008年12月09日

僕は大学を札幌大学で過ごしました。
もう高校生で歌手としてデビューしていましたから、学友たちにも、いろいろな面で(笑)ほんとうに応援してもらいましたネ! 

札大のロシア語学科に通っていました。
ゼミナールの時間、「歌手なのだから、ロシアと音楽というものを研究してみよう」と思い、ロシアと日本の歌謡史という観点から、日本に根ざしたロシア民謡というものをよく取り上げました。
ロシア民謡でまず最初に日本でヒットした歌は、戦前の「ヴォルガの舟唄」です。やがて戦争に突入、戦争が終わってロシアは日本兵を捕虜としてシベリアに抑留するのです。そこで徹底的にロシアの思想やロシアの歌を教え込まれた日本兵の帰還と同時にロシア民謡が日本人の耳に届くのでした。

以前書いた「バイカル湖のほとり」から始まったロシア民謡ブームは、「カチューシャ」「トロイカ」に続いて、この「ともしび」でしっかりとヒット曲として認められることになります。
ダーク・ダックスの歌声はまさに大ヒットを記録し、昭和33(‘58)年、今から半世紀前の「第9回紅白歌合戦」で歌われたからです。
ダークはこの次の年、第10回にはアメリカ民謡の「雪山讃歌」(いとしのクレメンタイン)、さらに翌年11回はふたたびロシア民謡の「すずらん」を歌い、12回、13回と「北上夜曲」「山男の唄」の日本の歌を大ヒットさせ、さらに翌14回にもロシア民謡の「カリンカ」を歌って出場しています。これらの歌は当時大流行していた“うたごえ喫茶”で歌われていた歌ばかりです。
そしてそれは時を経て、愛唱歌となり、「童(わらべ)も謡(うた)える歌」…童謡へと変化していくのです。

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叱られて

2008年12月05日

この歌を知らない子供ってもう多いと思います。
いいえ、20代30代の人でもこの歌を知らないでしょう。
僕もこの歌を「よく歌っていた」という記憶はありませんが、やたら恐ろしい、嫌いな歌だったことは覚えています。

それは北海道の三笠時代ですから、もう40年も前のことです。
当時、幼稚園が家のすぐ後ろにあったのですが、おゆうぎかいで何かのレコードに合わせてみんなで踊ったことがありました。
その曲を自分で持っていたオープンデッキに録音しておきたくて、父に頼んで幼稚園の先生にそのレコードを貸してもらったことがあります。
その踊りの歌は何だったのか? 覚えていませんが、そのレコードにはほかに3曲収められていました。
その一曲が「叱られて」だったのです。
そのとき、僕ははじめて「叱られて」を聞きながら録音したのですが、とても怖い感じがしたのです。
♪ゆうべ・・・のところからマイナーになって、コードもディミニッシュが使われていたんですね! 
今回、周平とレコーディングしながら、その不気味で怖い印象の解明ができました。
同時に「こんときつねが・・・」と出てくるのが怖かったんですね。
そう言えばきつねは人を化かすという話をなぜか僕はずっと信じていたのですから・・・。

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*** この作品の歌詞とエッセイは「童謡の風景」(北海道新聞社刊)に収録されています。

だいこく様

2008年12月02日

懐かしい唱歌ですね。
僕の今回の新聞連載が本になった「童謡の風景」は「童謡の謎」シリーズの第8弾となりますが、この曲は一番最初に出した「案外、知らずに歌ってた 童謡の謎」の中でちょっと卑猥な解釈の元で読み解きました。
この歌は最後になって、だいこくさまを、日本国を作ったとされる神話の「大国主命(おおくにぬしのみこと)」だとしています。
因幡の白兎ですから当然そうなのですが、この歌を大国様(だいこくさま)ではなく、大黒様(だいこくさま)としているものが多いのです。
実は大国様と大黒様は別の神様です。そこらを研究した「童謡の謎 1」のちょっと淫らな力作(?)も一度お読みくだされば・・・うれしいです。
今回も鳴海周平が伴奏してくれています。

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プロフィール

プロフィール

合田道人
ごうだ みちと。1961年(昭和36年)、釧路市生まれ。高校在学中に渡辺プロダクションからシンガー・ソング・ライターとしてデビュー。翌年数々の新人賞を受ける。その後、音楽番組の構成、司会、CD監修・解説に加え、作詩・作曲など多方面で活躍。著書「案外、知らずに歌ってた~童謡の謎」などで童謡ブームの火付け役となり、「歌う作家」として講演・コンサートで全国をまわっている。
07年4月から北海道新聞で「あの日の歌景色」を連載中。

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※録音物の著作権は、北海道新聞社、ミュージック・オフィス合田に帰属します。

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