温泉の話題とはちょっと離れますが・・・コンサドーレ札幌のこと。
2007年11月21日
ジャンバーを着ました。
前回の書き込みで「まだまだ暖かくて・・・」などと書いてしまったのでこんなことになってしまいました・・・
全道的にそうなっているかもしれませんが、ここ、洞爺湖温泉も一面白一色です。
さて、タイトルにも書きましたが、今回は洞爺湖温泉のことからちょっと離れて、今J1昇格に向けてカウントダウンの「コンサドーレ札幌」のこと・・・(なぜ、このネタを書きたくなったかというと単純に私が1サポーターだから・・・)
先日の札幌ドームの試合・・・
泣けました。
0-1の劣勢でむかえた後半。
三浦監督がまさに「勝負に出た」と、誰もにわかる選手交代。
その交代で入った選手が見事に結果を出し、一時はあの「稲葉ジャンプ」以上の札幌ドームが揺れるほどの盛り上がりを見せたこと・・・
私が、コンサの試合を見るようになったのは、2000年有珠山噴火の年。
それまでは、正直「、サッカーより野球。しかもバリバリの巨人ファンでした。
このブログのタイトルにもなっている有珠山噴火の被災者向けに北海道新聞社が発行していた「どうしん有珠通信」のアルバイトをしているとき、コンサドーレの選手が慰問にきてくれると・・・
来て頂いたのは当時監督だったあの「岡ちゃん」こと岡田監督、現在北海道新聞でセリエAなどの解説をされている村田達哉さん、現サガン鳥栖の村主博正選手でした。
大和旅館のおんぼろワゴン車で道案内をさせていただいたのが始まりかな~
その後、地元小学生を100人を試合に招待してくださったり・・・
入場時に使用していたフラッグに選手のサインを入れていただいたものを、北海道新聞の方の配慮で復興のシンボルにと遊覧船や観光協会事務所に掲げさせていただいたこともありました。
その年は「堅守速攻」のスタイルから圧倒的な勝率でJ2優勝!を成し遂げたものの・・・
2年後J2降格
その後、J2最下位という屈辱を味わいながら・・・サポーターとしてもチームとしても選手としても5年間の長い道のりが・・・。
そして今年ひとつの結果を見出そうとしております。
私がサポーターとなってからの7年間、有珠山噴火からの7年間・・・コンサがJ1昇格からJ2最下位までの屈辱を味わった7年間・・・
一緒にしてはいけませんが、なんかサポーターだけに若干かぶるような感じがして・・・
勝手に思っているんですが「一緒」にがんばってきたような気がして・・・
25日か・・・12月2日か・・・
