どうしん有珠通信…
2007年03月30日
2000年3月31日1時7分
有珠山西側の山麓、国道230号線付近から噴火。
当時の虻田町(現=洞爺湖町)は全町民に対し避難指示を発令。このときから約1万人以上の住民が長期に及ぶ避難生活を余儀なくされました。
「どうしん有珠通信」は、そんな長期間に及ぶ避難生活を送る住民を少しでも勇気付けようと、北海道新聞社が避難所向けに配布したミニコミ誌で、2000年4月12日の第1号から多くの住民が避難所生活を終えた同年8月まで全15号。その後はWEB版で洞爺湖温泉街の復興の様子を、また、噴火1周年を迎えた翌年3月31日に特別版を発行。洞爺湖温泉が完全に復興に向け歩き出したことを最後の記事に、その役割を終えました。
で、今回の私のブログがなぜ「有珠通信」なのかというと…
実は私、避難生活中「現地記者」と言う名目でアルバイをトさせていただき、取材活動等を通じて、本当に貴重な出会いや経験が出来たことが、今の私にとっても大変な財産になっていることから、今回のせっかくのこの機会、私のブログのタイトルに引用させていただきました。
さて、今後「有珠通信」は、北海道屈指の観光地でもあります洞爺湖温泉のイベント情報や最新観光情報、洞爺湖や有珠山の大自然四季等々・・旬の話題をもお伝えしていければと考えております。
明日は、噴火から7周年を迎える3月31日。洞爺湖町内ではアイスキャンドルによる街の装飾や商店街の半額セールなど、記念イベントが開催されます。
