十津川の苦闘を描いた川村さん逝く
2010年02月02日
川村たかしさんの訃報が、きのうの道新朝刊に出ていました。
名古屋市長をやっているのは、河村たかしさんですね。1月30日に亡くなったのが、奈良の児童文学作家の川村たかしさんです。78歳でした。
1987年の道新選書「十津川出国記」(1575円)を書いたのが、川村さんです。
明治22年(1889年)8月、奈良県十津川村を山津波が襲います。紀伊半島を直撃した台風は和歌山県と奈良県南部に大被害を与えました。和歌山の死者は1247人、奈良の十津川村周辺だけでも168人が激流にのまれて命を落としました。
大水害に生き残った人たちも、家や田畑を瞬時に失いました。600世帯、2600人は災害から2カ月後に、厳寒の北海道に新天地を求めて出発します。
こうして集団移転して新しい村となったのが「新十津川村」(現在は町)です。慣れない北の地での苦闘が続きました。ここでも水害や冷害が襲いました。ネズミや夜盗虫(ヨトウガの幼虫)は容赦なく作物を食い荒らしました。豊かな水田が広がる農業地帯には、先人たちの血のにじむ苦闘があったのです。
新十津川を切り開いた人たちを描いたドキュメントが「十津川出国記」です。
十津川警部は有名ですが、新十津川の起源は知りませんでした。うちのオヤジは、石狩川をはさんで新十津川の隣にある滝川にいました。教員をやっていましたが、戦後に兄がやっていた土建会社に入ります。私も生まれは滝川です。
新十津川の徳富川(とっぷがわ)がよく氾濫して、護岸工事にいって流され死ぬ目に遭ったという話を聞いたことがあります。
そんな縁もあって、2年くらい前に「十津川出国記」を読みました。
川村さんは「新十津川物語」(全10巻、偕成社)という本で日本児童文学者協会賞を取っています。9歳の少女フキを主人公にした70年にわたる開拓の物語だそうです。たまたま古本屋で見つけた1巻目があるので、読んでみようと思っています。
屯田兵など北海道にはさまざまな開拓の歴史があり、アイヌの人たちの苦難もありました。
歴史の重みを感じることができるのは、川村さんのような作家の努力に負うところが大きいですね。郷土の歴史が語り継がれ、読み継がれていってほしいものです。
2月2日 <誕生> エリス(1859-1939) イギリスの心理学者
「男よりも女の方が人間の理想タイプをあらわしている、ということを考えれば、女の保守性ということもうなずける。・・・産業とは、性格からいえば女性的なのだ。もろもろの産業は、もともと、女のものであり、だから産業の力は、しだいに男を女に似たものにしているのである」(男と女)
(桑原武夫編「一日一言」より)
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