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学園都市線 電化カウントダウン

2012年05月30日

 190万都市札幌の通勤・通学の足として活躍するJR学園都市線(札沼線)の電化開業が、いよいよ目前に迫ってきました。函館本線と分岐する起点・桑園駅から北海道医療大学駅までの28.9㎞、下り列車の場合、51本中38本が電車に置き換わり、残る気動車(ディーゼルカー)13本中9本が電車以上の高性能を誇るキハ201系で、旧来型の気動車は午前中に3本が残るのみとなります。ところで、いまさらなのですが、なぜこの区間を電化することになったのでしょう? その理由をひも解いてみたいと思います。

 「電化で新型電車を投入でき、時間短縮や混雑緩和が図れる」。2009年12月10日、JR篠路駅近くの特設会場で開かれた札沼線電化事業起工式で、当時の中島尚俊JR北海道社長は、主催者あいさつで出席した40人に、こう呼びかけました。


 なぜ「新型電車」を投入すると、「時間短縮や混雑緩和が図れる」のでしょうか。まず時間短縮から考えてみましょう。時短の鍵を握るのは、最高速度ではありません。特急など優等列車の場合は最高速度、さらに言及すれば「カーブ通過時の最高速度」がモノを言います。しかし通勤・通学の足となる普通列車は違います。今回の電化区間の駅間距離は平均2.4㎞。かつては5㎞近くありましたがJR発足直前、沿線の乗客獲得を狙って駅数を大幅に増やしたこともあり、最高速度に達しても、すぐ次の駅についてしまいます。大切なのは「出足の良さ」です。


 学園都市線の気動車といえばキハ141系。国鉄時代、電気機関車に引かれて函館本線を走っていた50系客車(赤い塗装で「レッドトレイン」の別名もありました)を改造し、JR北海道発足後の1990年に登場しました。軽量高回転エンジンを積み込み、気動車としては上々の出来栄えでした。
しかし気動車であるが故の弱さ、すなわち出足の遅さは否めません。エンジンの回転を、液体変速機(トルクコンバーター)を介して車輪に伝える気動車は、スピードが上がるにつれて力が落ちてくるという宿命を持っています。この点、モーターを使う電車は、非常に安定しています。電車の加速度は気動車の3倍。短い駅間を早く走ることは、電車がすぐれているのです。


 少々脱線します。電化後の学園都市線を走る731系、735系電車の軌道加速度は2.2km/h/s、快速エアポートにも使われる721系は2.4km/h/sです。札幌市営地下鉄南北線の5000形は4.0km/h/sもあります。ところが、「気動車並み」の加速度しかない電車もあります。北海道内の国鉄が最初に電化された1967年に登場した711系は1.1km/h/s。当時としては画期的な最高速度110km/hを誇り、普通列車からノンストップ急行「さちかぜ」まで幅広く活躍しました。当時は駅間距離が比較的長く、かつ蒸気機関車牽引の列車も交じっていた時代だったため、製造コストとの見合いで「この程度で十分」とされたようです。711系は今も、列車密度の薄い函館本線の岩見沢以北、室蘭本線の苫小牧以西を主戦場に活躍しています。

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<写真>間もなく営業運転を開始する733系電車とキハ201系(左)

 ここで新たな疑問がわいてきました。気動車は出足が遅いと書きましたが、「キハ201系があるじゃないか」。キハ201系は普通列車タイプとしては世界最高性能を誇る気動車で、軌道加速度2.2km/h/s、最高速度130km/hのつわもので、731系電車と連結して統括制御が可能です。
しかし、残念ながらキハ201系はコストがかさみすぎる欠点があります。搭載エンジンは900馬力で、特急「スーパーおおぞら」のキハ283系の710馬力をも上回るため、多くの燃油が必要となってしまうのです。実際、キハ201系は3両編成4本(計12両)しか作られておりません。
気動車は製造面でも高コストのきらいがあります。全国で多くの需要が見込める電車と違い、使用量数が限られているため、汎用性が低くなってしまいます。製造メーカーも2002年に新潟鉄工所が破綻し富士重工業も鉄道車両製造から撤退。今は新潟鉄工所の後進の新潟トランシスと日本車輌製造の2社にほぼ限られています。


 さて、「時間短縮」の鍵を握るのは、出足の良さだけではありません。いかに停車時間を短くできるかも重要です。キハ141系気動車は2扉ですが、電車はいずれも3扉です。乗降口が1.5倍に増え、乗り降りがスムーズになることも見逃せません。
5月18日の当ブログの渡辺拓也さんの試乗記にもありますが、733系電車はノンステップ型。また、座席をすべてロングシートとしたことも、乗降時分の短縮につながります。


 北海道内のJR路線の電化は、1988年の青函トンネル開業に伴う「津軽海峡線」以来。2003年に宗谷本線の一部が電化されていますが、これは旭川運転所の移転に伴うもので、走行する電車はすべて回送車であることを考えると、まさに24年ぶりの電化事業といっていいでしょう。それにしても、こうした電化に踏み切るためには、巨額の投資が必要です。日を改めて、この話題についても書きたいと思います。

(佐藤元治)

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