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「デーブマン」こと高田文之さんを偲ぶ

2013年01月28日

 高田文之さんの訃報が、1月25日の北海道新聞朝刊・社会面に掲載されました。享年66歳。HBCラジオの『ミスター・デーブマン』と言ったほうが、ピンとくると思います。
 近年は、表舞台から退いていましたが、私は最近まで、行きつけの飲食店で、何度かお話をする機会を持ちました。

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 初めてお会いしたのは3年ほど前。お互い一人客どうし、カウンターに並び、お酒を酌み交わしました。
 『中学生の頃、ベストテンほっかいどうを毎日聴いていましたよ。』『30年後、そのデーブマンさんと、隣で一緒にお酒が飲めるとは、夢にも思いませんでした。本当に感激です。』そんな会話に始まり、ラジオの魅力や、時事問題、日本の行く末についてまで、二人でいろんな話をしました。

 そこには、かつての恰幅(かっぷく)のいい「デーブマン」の面影はなく、スリムな体型になっていましたが、優しい眼差しと、なめらかな語り口は、昔と変わりませんでした。時には、我々マスコミに対する辛口批評も展開されましたが、それは、我々後輩に対しての期待の裏返しととらえ、彼の話に耳を傾けました。

 最後にお会いしたのは昨年11月。10月末に亡くなった作家の藤本義一さんについての思い出話や著書について、じっくり語り合うことができました。

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 時を越え、世代を越えて、高田文之さんと本音でお話できた時間を、私は生涯忘れることはないでしょう。人生の先輩として、未熟者の私を、もっともっと叱咤激励してほしかったです。


ありがとう、ミスター・デーブマン。
あなたは、私の永遠のヒーローです。
どうぞ、安らかにお休みください。

(電子メディア局・編集グループ・立花幹彦)

宇宙飛行士・山崎直子さんに元気をもらう

2013年01月15日

 子供に交じって、1月13日に青少年科学館で行われた「宇宙飛行士・山崎直子さん講演会」に参加しました。当日の様子は、1月14日の北海道新聞朝刊・第3社会面と、札幌圏の地方版に掲載されています。詳細は、そちらの記事をご覧ください。

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 山崎さんは、いうまでもなく優秀な技術者。でもそんな雰囲気は全くなく、気さくで容姿端麗、おちついた語り口です。『優しいがんばり屋の人気女性教師』そんな印象を持ちました。これも、あこがれの宇宙飛行士の素質のひとつなのでしょう。会場の子供たちは、みんな彼女のファンになったことと思います。もちろん私も。

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 講演会のタイトルは「 ~ 宇宙・人・夢をつなぐ ~」。あえて「人」という言葉を入れたのは、宇宙飛行士という職業は、極めて「人間くさい」仕事だということを強調したいためとのこと。

 訓練中、最もつらかったことは、宇宙飛行士の資格を得てから、2003年のコロンビア号の空中分解事故が発生し、ゴールが見えない状態での訓練が続いたこと。そんな彼女を支えたのは、アメリカの神学者の言葉『ニーバーの祈り』の一節だったそうです。

  『ニーバーの祈り』
   神よ 変えることのできるものについて、
   それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
   変えることのできないものについては、
   それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
   そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
   識別する知恵を与えたまえ。
  (ウィキペディアより引用)


 先が見えない今の日本において、『ニーバーの祈り』は、私たち日本人が学ぶべき、思慮深い言葉です。私自身も、今後の人生の指針にしていきたいと感じました。

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 「二児の子育てをしながらも、前向きに11年間という長期に渡り、ずっと宇宙飛行士への夢を持ち続けられたのはどうしてですか?」という会場からの質問には、「結局は、子供の頃から宇宙が好きという、単純な理由なんですね」と回答してくれました。なるほど納得。私は「宇宙でも、お化粧するのですか?素顔のままでも、じゅうぶん綺麗だと思いますが」と質問したかったのですが、ひとりでも多くの子供たちに質問の機会が回るよう、不純な質問は控えることに…。

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 子供の頃は「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」などの宇宙アニメが大好きだったとのこと。私も大好きなアニメです。同世代の親近感を覚えますね。夢見る頃を過ぎた私のようなオジさん世代にも、勇気と元気をもらえた講演会でした。ありがとうございます。今後の更なるご活躍を期待しています。


※ポスターと、当日配布のパンフレットは、同館の許可を得て、本ブログに掲載しました。

(電子メディア局・編集グループ・立花幹彦)

「おとそ気分」

2013年01月07日

あけましておめでとうございます。

年末年始もほとんど休めなかった方もいるでしょうが、今日、実質的な仕事初めを迎えた方々も多いことでしょう。

私は今日が本格的な仕事初め。その明け方、取材をしている夢で目が覚めました。年男・年女を3人探さなければならないのに、1人しか見つからずに四苦八苦…。

まさに「おとそ気分」もさめる、という感じだなぁ、と思った瞬間、最近、新聞記事で「おとそ気分」や「おとそ」という言葉を見ていないことに気が付きました。

「北海道新聞記事データベース」で調べてみました。

「おとそ」をキーワードに調べたところ、151件の記事が見つかりましたが、昨年(2012年)は1件もなく、今年もまだ1件もありません。

この記事データベースは、1988年7月1日以降、北海道新聞全道版に掲載された道内、国内や世界のニュース記事を、1994年3月以降は全地方版も収録しています。その全体を対象に検索した151件のうち、2000年以降が59件で、このうち、2011年は2件、2010年は1件、2009年は4件と、近年ぐっと減っていることも分かります。1990年代には、初売りのデパートや仕事始めの金融機関などで和服姿の女性従業員がおとそを振る舞った、という記事がしばしば現れています。減った要因には、飲酒運転規制の強化があるでしょうが、文化の移り変わりも感じざるを得ません。

辞書をひもとけば、そもそも「とそ」とは、屠蘇散(とそさん)という中国の薬を酒に浸した飲み物で、1年の邪気を払って寿命を延ばすというもの。現代では、単に年頭に飲む酒のことも「とそ」といいます。「お」は丁寧語ですね。

さて冒頭の「取材現場」での目覚め、4年半ほど前に、電子メディア局に異動してからというもの、こういう夢を見たことはほとんどなかったので、何かのお告げなのかもしれません。「おとそ」という言葉自体、ここ数年の新聞ではクリシェ(使い古された言葉)として用いられなくなっているようにも思いつつ、言葉への感受性をもっと磨かなければと思った朝でした。(矢崎弘之)


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1999年1月3日付の紙面です。たった14年前とはいえ正月の風物詩の描き方に時代の変化を感じます。

『 父なる斜里岳、母なる海別岳 』  ~ 元旦の故郷・網走にて ~

2013年01月04日

この上ない穏やかな年末年始でした。

 すこぶる快晴の元旦網走。斜里岳(しゃりだけ=1,547メートル)と海別岳(うなべつだけ=1,419メートル)は、その美しい姿を余すところなく披露してくれました。

 斜里岳には、雄々しく力強い男らしさ(=父親像)、海別岳には、優しく穏やかな女らしさ(=母親像)を感じます。物心ついた頃から変わらぬ姿で、何も語ることなく私を迎えてくれる風景。そんな遠くの山々を見ていると、不思議と気持ちが安らいで『生まれ故郷の網走に帰ってきたんだ』という思いが込み上げてきます。

 古里の網走を離れてもう27年。見慣れたはずのこの風景に回帰するとは、何とも皮肉なものですが、これが人生の必然の流れなのかもしれません。

 網走には、昔から変わらないものが、もうひとつあります。満天の星空です。これについては別の機会にお話ししましょう。それでは元旦の網走市内各地から撮影した、斜里岳と海別岳をご覧ください。


▼ 鱒浦漁港から

 オホーツクブルーの空の下、鱒浦(ますうら)漁港から、知床の山並みを望むことができました。海別岳(=写真左=)よりも、斜里岳(=写真右=)が少しだけ背が高いところや、寄り添っている訳でもなく、遠慮がちで微妙な距離感が、まるで人間のカップルのようです。

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▼ 白鳥公園から望む初日の出

 元旦の午前7時過ぎに、濤沸湖(とうふつこ)の白鳥公園から撮影しました。斜里岳の稜線のシルエットが、うっすらと浮かび上がります(=写真下=)

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▼ 知床峠に続く海岸道路から

 国道244号線(通称、斜里国道)の、鱒浦(ますうら)から藻琴(もこと)へ向かう海岸道路から、斜里岳をズームレンズで撮影しました(=写真=)。道路上部には「知床峠・冬期通行止め」の表示看板。夏期、この道は知床峠まで続きます。今回の撮影で、私のお気に入りの1枚です。

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▼ 藻琴の市街地から

 藻琴の市街地を通過し、北浜(きたはま)へ向かう途中で撮影しました。海別岳が迫ってくるようです(=写真下=)。JR北浜駅は、海に最も近い駅として観光スポットになっています。

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▼ 中園「感動の径」にて

 中園(なかぞの)は、網走の内陸側に位置する丘陵地帯。ここにある感動の径(かんどうのみち)は、斜里岳を望む隠れた観光道路です。網走で私が最も好きな場所のひとつです(=写真下=)

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▼ マジックアワー直前の斜里岳

 数年前の佐藤浩市さん主演の映画で「マジックアワー」という言葉は、すっかり有名になりました。ネット検索すると『日没後の太陽は沈み切っていながら、まだ辺りが残光に照らされているほんのわずかな、しかし最も美しい時間帯を指す写真・映画用語(ウィキペディア・フリー百科事典より)』となっています。私が最も好きな時間帯は「マジックアワーのちょい手前、夕日の暖かい色の光に照らされる時間帯」。この瞬間の斜里岳をカメラに収めました(=写真下=)

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          ◆

 上記の全写真は、愛機のコンパクトデジタルカメラ(Canon PowerShot SX130 IS)、自動露出モードで撮影しました。上記の全スポットは、車で30分程度で巡ることができます。ぜひ四季折々の風景をご覧になってください。

(電子メディア局・編集グループ・立花幹彦)

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※イラストは道新グループの会員組織「道新ぶんぶんクラブ」のキャラクター「ぶんちゃん」 です。




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