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母が倒れた ①

2012年07月20日

 先週末、東京出張のついでに故郷・神奈川の地元の友人としたたかに飲んだ翌朝の14日朝のことでした。私の寝ている2階に上がってきた父の気配で目が覚め、階下に降りてみると、母が布団の中で、抱えた洗面器に何度も嘔吐。パジャマは汗で水をかぶったようにびしょびしょになっていました。週末の出張で、木、金と会議が終われば3連休前。実家で少しのんびりしようかと思っていた出張が、一転して母の看護と父の世話に追われる連休になる瞬間でした。

 幸い、妹が実家の近所に住んでおり、しかも看護師。母は、朝方、具合が悪くて目を覚ましましたようですが、健康に関しては妹頼りで、救急車は嫌がり、頻繁に襲う吐き気の合間に、妹が出勤する時に一緒に勤務先の医院に連れて行ってもらう、と言い張ります。連絡が取れて妹も間もなく駆けつけ、留守番の父を残し、母を2人で抱えて車で妹の医院に向かいました。


 医院では点滴をしながら様子を見ましたが、めまいと吐き気の症状はいっこうに改善せず。コンピューター断層撮影装置(CT)で頭部を撮影しても異常は見つからない、ということでしたが、脳外科専門の院長先生は「症状が治まらないところを見ると、脳梗塞の疑いが排除できない。脳梗塞はCTでは判断しづらいので、専門の病院に移った方がいい」と、昼前、転院先を確保してくれ、母は妹に付き添われ救急車で病院に運ばれました。


 診察にしばらく時間がかかるだろうと思い、私はいったん車で帰宅。父と一緒に朝昼兼用の食事を取り、2人で母の転院した病院へ。妹と合流してまもなく、当直の若い医師から病状の説明を受けました。神奈川はここ数日、暑い日々が続いていたようなので、熱中症かな、と思っていたのですが、見せられた磁気共鳴画像装置(MRI)の頭部映像には、後頭部にぼんやり白い影。「小脳の右側で血管が詰まっています。脳梗塞ですね」という先生の言葉が、なんだか遠いところで響いているようでした。


 「命に別状はありません」という言葉には少し安心しましたが、小脳は運動機能を司っており、母は体のバランスが取れなくなる「体幹失調」という状態で、めまいと吐き気はひどい船酔いのような状態だとか。「血が行かなくなってダメージを受けた部分は回復することはありません。当面は、なぜ血管が詰まってしまったのか、その原因を調べて再発を防ぎます。体幹失調についてはどこまで回復するかまだ分かりません。場合によっては2~3週間の急性期を過ぎた後、リハビリ専門の病院に転院する必要もあるかもしれません」とのことでした。救いだったのは、朝すぐに救急車を呼んだ方がよかったのでしょうか、と尋ねた時の「むしろ、最初の病院で脳梗塞を疑って転院させたというのはいい対応でした。救急車を呼ばなかったから悪化した、ということはないと思いますよ」という返事でした。


 説明を受けた後、3人で母の入っている集中治療室に見舞いに行きました。血液をサラサラにしたり、脳を保護したりする点滴のおかげか、吐き気も少しは治まった様子。会話を司る部分はダメージを受けていないのか、途切れ途切れながら「知り合いの人が急にひどいめまいがして、メニエル病だって診断されたんだけど点滴してもらったら何日かで治ったって聞いたから、私もそれだと思いこんじゃって」と話します。それを聞きながら、もう76歳になる母がどこまで回復するのか、81歳の父の世話をどうするか、ぼんやりと頭の中で考えていました。


 
 故郷に残した親が突然倒れる、いつまでも元気だと思っていた親が…。高齢化社会を迎え、いつでも、誰にでも起きうる“事件”に、私も遭遇してしまいました。医療や福祉を考える参考に、慌ただしかった4日間の様子を数回に分けてご報告します。

<編集グループ・飯島>

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