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放射能を測るということ

2011年11月13日

11月初旬、知人を訪ね、駆け足で、福島県三春町と福島市に行ってきました。

 三春町は、郡山市の隣、美しい里山に囲まれた歴史のある町です。
「三春滝桜」という樹齢1000年のシダレザクラの巨木が有名です。根尾谷の淡墨ザクラ・山高神代ザクラなどとともに国の天然記念物の指定を受けています。

 自然豊かで、空気もとてもきれいに見えるのですが、ここも原発事故の影響を受けています。

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   <三春町の美しい里山>

 場所にもよりますが、三春町の公表データらよると、1時間あたり0・2マイクロシーベルトから1・0マイクロシーベルトくらい。札幌市は、0・03~0・04マイクロシーベルトですから、1桁大きい値です。

 ちょうど訪ねた日に、秋の収穫を祝う祭りが行われ、町の中心部に大勢の人たちが集まっていました。子供たちがマスクをしている様子はなく、物産コーナーでは地元産の野菜や果物、木の実などが売られていました。

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 こんなにフツーにしていて、大丈夫なのだろうかと、旅人の私は逆に心配になりました。実は、高性能のマスクを持参していたのですが、町の人がマスクをしていないのに、旅人がマスクをするのはどうにも違和感があり、マスクをせずに過ごしました。


 帰途、福島市内にある「市民放射能測定所」に寄りました。

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 JR福島駅から歩いて7、8分の商店街にある複合商業ビル「パセナカミッセ」の中に、入っていました。10月にこの場所に移転したそうです。

 正確には、「市民放射能測定所(CRMS)」というのは、独自に食品や体内の放射性物質の検査をする市民団体の名称です。食品からの内部被ばくの不安を解消しようと、7月に設立したそうです。

 「市民放射能測定所」の入っているビルは、物販コーナーがないと店子になれないとのことで、本や雑誌も販売しています。そのため、看板は「CRMSブックセンター」となっています。
 
 知人らによると、福島には、放射性物質の測定所はあるが、それは農家など業務用の人しか利用できず、市民には開放されていないそうです。福島県の各地で、市民が独自に測定所をつくる動きができています。


 「測定所」には、食品の放射性物質と、体の中の内部被爆を測る装置があります。機材は、別の市民団体から寄贈されました。食品検査は有料で、内部被ばくは、20歳未満は無料。でも、検査に使う薬品などにかなりのお金がかかるそうで、寄付を受け付けています。

 この測定を担当しているアーティスト風の素敵な男性の、「内部被ばくを調べて安心してもらうより、本当は、(子どもたちには)早く放射線の高い土地から避難してほしいですよ。測定できるのは、セシウムとか一部の放射能だけですから」という言葉が何とも重かったです。

 食品や体の中の放射能の正確な値がわかったとしても、原発事故以前のような本物の安心や健康が得られるわけではないのですから。

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 <体の中の放射性物質を調べるホールボディカウンター。一回3分間で身長80センチ以上の子どもなら検査できる> 

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<電子メディア局編集グループ・川村>

第37期天元戦 札幌対局の様子

2011年11月08日

 天元初防衛を目指す結城天元と、天元初挑戦の井山十段。札幌での第2局は井山十段が連勝してタイトル奪取に迫るか、結城天元がタイに持ち込んで反転攻勢を図るか、勝負どころの一戦です。
 緊迫の対局の様子を、写真でお楽しみ下さい。

■前日の様子■
会場の京王プラザホテル
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対局室検分の様子
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取材を受ける結城天元
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■対局当日■
第1着
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おやつ(結城天元)
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おやつ(井山十段、コーヒーのみです)
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昼食(結城天元、お寿司と温かいそば)
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昼食(井山十段、お寿司と冷たいそば)
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大勢のファンが詰めかけた大盤解説会場
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おやつ(結城天元、フルーツ盛り)
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おやつ(井山十段、マンゴープリン)
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終局直後
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連勝した井山十段
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マナーについての個人的な思い

2011年11月07日

最近、自転車のマナーの悪さについて新聞やテレビで取り上げられていますね。
私自身、札幌の街中で歩道を歩いていて2回ほど後ろから追突されたことがあります。
幸いスピードがあまり出ていなかったので大事には至りませんでしたが、くるぶし付近に
当たった衝撃は今でも覚えています。

もちろん、自転車に乗っている人がすべて悪いというわけではありません。
ルールに則ってキチンとしている方もたくさんいます。

私が残念に思うのは、一部のマナーの悪い人のために、
正しく乗っている人まで迷惑そうな目で見られがちなことです。

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【札幌市清田区にある平岡公園】


マナーは、犬の散歩についても似たようなのことがいえます。

「犬のフンの始末はきちんとする」
「リードをはずしてはいけない場所では、はずさない」


こんな当たり前のことも、守らない人が結構います。


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以前私が犬の散歩で行っていた場所は、ある時から「ペット不可」になりました。

係の人に「犬を抱っこして散歩してもダメでしょうか?」とやんわり尋ねたところ
「申し訳ないけどダメなんだよね。フンを始末しない人が多いからね」との回答でした。

内心、「うちはフンの始末はちゃんとしますよ」と思いましたが、ルールに従いその場を後にしました。

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世の中、犬が苦手であったり、根本的に嫌いな人もいるでしょう。
だから「ペット不可」になる理由は、一概にマナーだけの話ではないのかもしれません。

ただ、マナーの悪い人が大手を振っている世の中って「何か変じゃね?」って思います。

こんなことを思うのは私だけ???


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先日、少し足を延ばして札幌市清田区の平岡公園に行きました。

「広々として空気がおいしい!」
「紅葉がとてもきれい!」

でも、フト足元を見ると犬のフンが・・・。

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これから冬になると、ますます目立つ犬のフン。

身近で目についたことがあればマナーを守るよう
声を掛けていきたいと思います。

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逆ギレされるかもしれないので、チョッピリ怖いのですが^^;
                                                   

<saku>

本質を見極めること、現場に近づくこと

2011年11月04日

 先日、原発の被ばく労働者を長年追い続けている写真家の講演を聴きに行ったときのこと。「大手マスコミの連中はちっとも福島第1原発事故の汚染地域に入ろうとしない」という批判を含む講演が終わった後の質疑応答で、真っ先に手を上げた若い男性の質問に耳を奪われました。

 ジャーナリスト志望の学生です、と名乗ったその青年。質問は「マスコミに身を置きつつ、汚染地域に身を置いたり、被ばく労働者に寄り添ったりする道はないのでしょうか」という内容でした。若者の新聞離れが言われ始めて久しいのに、こういう人もいるんだ、と感心して講演会終了後に声をかけ、時間があるというので、一緒に近くの居酒屋に流れて、しばし話し込みました。

 専攻もジャーナリズムだというその青年。報道の仕事を目指すきっかけになったのは、高校時代の出来事だと教えてくれました。本来、必修であるはずの世界史が、全国の多くの高校で履修されていなかったことが発覚。彼の母校も早くに未履修が発覚し、批判的に報道されましたが、記事はそのうち、学校の対応というレベルから、受験優先や進学実績による高校の序列化など、未履修を生み出した構造的な問題に切り込む内容へと変化。「新聞を読んでいて、報道の視点が深まっていくことに感心して、興味を持つようになった」と話していました。

 青年の言葉に、私も共感しました。私自身、地方で勤務していたときに、地元の町立病院の医師の名義借り問題を取材。過疎地域で医師を確保することがいかに大変なことなのかを聞かされ、「これはこの病院だけを批判してすむ問題ではない。日本の医療のひずみが過疎地に現れたのだ」と痛感した記憶があります(だからといって名義借りが許されないのは当然ですが)。自分を高みに置いて相手を一刀両断に批判するばかりではなく、なぜ問題が起きたのか、その背景にも目を向けることで、問題の本質により近付く。それが記者の務め。担当する「どうしんウェブ」を通じ、そんな記事を紹介していけたら、とあらためて感じました。


 話は戻って、講演した写真家の方の「大手マスコミの連中はちっとも福島第1原発事故の汚染地域に入ろうとしない」という批判。ここからは全くの私見になりますが、自分で全てを判断し、責任を負うフリーのジャーナリストと違い、北海道新聞社も含め、会社組織であるマスコミでは、社と記者との間に、指揮命令という関係があります。社員の命と健康に責任を負う「企業」としては「被ばくしてでも現場に行け!」と強制することはできないし、やってはいけないと思います。

 ではどうしたらいいのか。現場の記者が出した1つの答えが、最近出版された「河北新報のいちばん長い日」という本に書かれていました。仙台に本社を置き、東北をカバーする東日本大震災の被災地の地元紙の社員たちが、自らも被災しながらいかに新聞を発行し続けていったかを社員たちの記録を基にまとめた本です。

 河北新報は福島に11人の記者を置いているそうです。福島第1原発で水素爆発が起きた時、社は福島にいる記者たちに即時避難を指示し、社員たちも仙台や新潟などに避難しました。しかし、爆発直後にはパニックにもなった彼らは、避難先で悩みます。「福島の地元民が苦しんでいるのに、自分は真っ先に避難して、安全な場所でテレビを見ている。地元を見捨てたも同じだ。こんなことをしていていいのか…」。電話取材した相手から「記者なんだから電話で聞かないで見に来い」と怒鳴られ、安全な場所にいる自分が情けなくて号泣した記者もいたと言います。そして彼らは福島に戻ることを決断、会社にかけ合い、安全に最大限配慮することを条件に、了解を取り付け、福島に戻って取材を再開するのです。

 もし自分が同じ立場に置かれたら、自分はどうするか。今考えても本当の答えは出ないでしょうし、その状況自体、2度とあってはならないことだと思います。ただ1つ言えるのは、マスコミの中にも、社の指示ではなく自らの意思で現場に一歩でも近付こうとした大勢の記者がいたこと、そうした、地元の人たちと同じ場所に立って、住民と思いを共有しながら記事を書き続けていこうとした地方紙の仲間を、私は誇りに思う、ということです。

<編集グループ・飯島>

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