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第37期天元戦5番勝負 11月8日、札幌で第2局

2011年10月26日

 第37期天元戦5番勝負の第2局が11月8日(火)、北海道札幌市の京王プラザホテル札幌で開かれます。

 初防衛を目指す結城聡天元(39)に、天元初挑戦の井山裕太名人・十段(22)が挑む注目の対局。

 10月24日に行われた第1局は午後5時13分、194手までで白番の井山が中押し勝ちし、初の天元獲得へ好スタートを切りました。

 天元戦は、今年から日本棋院サイト内にうつして中継しますが、対局カメラや棋譜中継もこれまで通りご覧いただけます。天元戦の熱い対局の醍醐味を、両棋士の表情も見ながら、お楽しみ下さい。

 また当日午後1時30分より、会場の京王プラザホテル札幌 地下1階「プラザホール」にて、大盤解説会を行います。会場は先着200名で、入場は無料。記念品があたるお楽しみ抽選会も行いますので、こちらにも是非おいで下さい。

<電子メディア局編集G・榊>

黒松内のチーズ工房にて

2011年10月26日

以前、取材でお世話になった札幌の洋菓子店経営の西村聖子さんが、黒松内に移住して、チーズ工房と洋菓子のカフェを始めたと聞き、黒松内のお店を訪ねてみました。出かけた日は、10月の中旬で、定山渓から中山峠、ニセコにかけての一帯は、紅葉が見ごろでした。

 西村さんは、10年前から札幌市中央区伏見で、洋菓子店「パティスリー・アンジュ」を開き、お菓子や料理の教室を開いてきました。アンジュのケーキは、素材にこだわった贅沢な逸品でした。
 
 西村さんは、洋菓子だけでなく、チーズ作りも研究していて、道内で自家製のナチュラルチーズの工房を開いている職人さんたちと、定期的に勉強会を開いてきました。

 黒松内町が農場の跡地を利用した実験研究施設の指定管理者を募集していることを知り、酪農学園大でチーズ作りを学んだ射場勇樹さん(26)といっしょに、今年から黒松内に移住し、チーズ工房の経営を始めたのでした。
 
 
 黒松内の西村先生のチーズ工房「アンジュ・ド・フロマージュ」(電話080-5593-1241)は、国道5号線沿いの道の駅「くろまつない」から、車で(迷わなければ)7分ほどです。サイロが目印です。

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 牛舎を改造したカフェ&チーズ工房の内部です。モスグリーンのソファのセットと、グランドピアノがいい雰囲気です。

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 濃厚なミルクを出すジャージー牛と、ヤギも飼っています。夏場は、ヤギのミルクでチーズも作るそうです。

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 笑顔が素朴な射場さん。作っているチーズも人柄が出ています。

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 西村さんは、この広々とした空間を拠点に、これまで培ってきた幅広い人脈をフルに使って、音楽のコンサートや美術の展覧会も計画中。食べ物だけでなく、文化や芸術を通して、都市と農村との交流をさかんにしたいと考えているそうです。 


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自分のしたいことに向かって、軽やかに進んでいく、しなやかな強靭さを持っているのは、女性の方が多いかもしれません。

<電子メディア局編集G・川村>
 

  

「i」は地球を変える ~ジョブズ氏を悼む~

2011年10月11日

 30数年前に彼が発明した「AppleII」。中学生の頃ブームとなったスーパーカー「ランボルギーニやフェラーリ」と同じように、私にとって、このAppleIIというマシンは、永遠に手の届かない憧れの存在でした。
 続くマッキントッシュもしかり。ジョブズ氏の『マックはパソコンではない。マックはマックなんだ。』という言葉どおり、その物体は、もはやマシンなんかではなく、おしゃれで高級な「舶来インテリア」だったのです。

          ◆

 近年、大ヒットした「i」シリーズ(iPod + iTunes、iBook、iMac、iPhone、iPad)は、手を伸ばせば届く価格なのに、買うことをためらいます。高級カタログやショーケースの中にある「少年の憧れ」であり続けてほしいという思いが、心の中にあるのでしょう。
 アップル製品は、今でも自分には不釣り合い。私にとって「着慣れないスーツとネクタイ」であり「似合わない高級スポーツクーペ」なんでしょうね…。

          ◆

 ジョブズ氏の35年にもおよぶIT産業との関わりの中で、私が最も興味があるのは、アップルを追放された1985年から復職する1996年までの、10年あまりの不遇の時代。彼の華やかな経歴の影の部分であり、メディアもあまり語ることはありません。
 人生で最もエネルギーがあったであろう30代から40代前半のこの間、ジョブズ氏は新会社「NeXTコンピュータ」を創設し、試行錯誤の日々を送っていました。
 この会社にはキヤノンが出資していたので、当時の日本でもそれなりに話題になっていましたが、NeXT自体は、商業的に大きな成果は上げられませんでした。しかしながら、そのノウハウは「Mac OS-X」に引き継がれ、現在の「i」シリーズの基盤となっているのです。
(⇒詳細は「NeXT Computer」のキーワードでネット検索するとわかります)

          ◆

 彼が残した有名な言葉、『貪欲であり続けろ。愚かであり続けろ。』(Stay Hungry. Stay Foolish.)は、今の日本人に一番欠けていることを、ずばりと言い当てています。
 晩年に彼が提唱した「iCloud」。その名のとおり、今度はジョブズ氏自身が、雲の上から地球を変えていってくれるのでしょう。ご冥福を心よりお祈りいたします。

(電子メディア局・編集グループ・立花幹彦)

シンボリルドルフ、印象に残るレースは

2011年10月07日

三冠馬シンボリルドルフが4日、老衰で亡くなりました。人間でいえば、百歳近い高齢で、まさに大往生でした。その危なげない勝ちっぷりから、「皇帝」と称されたシンボリルドルフ。仕事でお世話になっている道新スポーツの山根千治記者に思い出話を聞いてみました。山根さん、今は、男子バスケットボールの「レバンガ北海道」を担当していますが、元は競馬記者でした。
 
ルドルフがダービーで優勝したのは、山根さんがプロの競馬記者となって2年目の年でした。貴公子然とした気品のある、賢そうな顔をしていたそうです。
 

 勝ってばかりいるルドルフのレースの中で、最も印象に残っているのは、1985年秋の天皇賞だそうです。このとき、ルドルフは休養明けで、ぱっと見たときにお尻の筋肉が以前よりやせているなと感じたそうです。スタート後、この日は少し暴走気味のハイペース。ゴール前の直線、岡部旗手が仕掛けましたが、いつものような伸びがありません。それでもさすがルドルフ、他の有力馬に競り勝ち、先頭に立ちました。誰もがルドルフが勝ったと思ったそのとき、大外からギャロップダイナが一気に抜き去りました。
 
いくら卓越した強い馬でもコンディションが悪いときは勝てないものだと実感したそうです。
 
ところでこのギャロップダイナ。札幌とは縁のある馬です。
天皇賞と同じ年の札幌競馬場の札幌日経賞で、スタート直後に旗手を振り落としたまま、一等賞でゴールしたことで有名になりました。もちろん優勝は無効ですが、騎手なしで勝つのだから、すごい馬です。
  
ルドルフは、トウカイテイオーという息子がいます。故障して復帰しては勝つというドラマ性もさることながら、見た目も美しい馬です。名馬の条件は、血統、抜群の成績、種馬としての実績だそうですが、トウカイテイオーの存在でルドルフは名実とも名馬になったと山根さんはいいます。

ルドルフの先輩には、吉永正人騎手が主戦のミスターシービーという荒削りな追い込み型の馬や、前述のギャロップダイナのような変り種がいました。山根さんによると、最近は競馬が進化して、昭和の時代のような旗手や馬の個性が前面に出るようなレースがめっきり減ったそうです。それは、競馬の世界だけの話ではないような気がします。

<編集G・川村>

   

「男らしく」「女らしく」より「自分らしく」がいい

2011年10月04日

 知人に誘われて、9月30日から10月3日まで、セクシュアル・マイノリティーの人たちと交流してきました。セクシュアル・マイノリティーというのは性的少数者、具体的には、自分の体の性別と心の性別が一致しない人や、恋愛対象が同性だったり、性的な意味において多数ではない人たちのことです。

 中でも心に残ったのは、性別の境界を飛び越えた「トランスジェンダー」の人の話でした。

 男として生まれたその人は、3、4歳のころから自分の性別に違和感を感じ始めたものの、高校では女性と交際したり、男として生きてきたそうです。それでも社会に出た後、男であり続けることが限界になり、上司に相談。「性同一性障害」という医療上の呼び方でトランスジェンダーに対する理解が広がり始めていたこともあり、理解ある上司の支援で、3年間休職し、医療上の措置を受けた後に復職。今は女性として働いています。ただ、“元男性”であることは公表しておらず、上司らごく一部の人しか知らないのだそうです。

 差し出がましいと思いながら、出会いについて質問したときのことです。相手に自分の性について説明しても、それを受け入れて同じ気持ちを持ってもらえるとは思えないので、好意を持たれないよう、気をつけて接している、ということでした。「もうおばさんだし、私のこと好きになる人なんていませんよ。それに仕事も楽しいし」と笑いながら話していましたが、家族がいることが生きる上での大きなエネルギーになっている私にとっては、共に歩むパートナーを見つけることをあきらめ、生涯1人で生きていく、という覚悟は、とても重いものに感じられました。

 セクシュアル・マイノリティーに関する以前の私自身の考えといえば、性の問題はプライベートな問題であり、自分の好きにしたらいいのでは、という程度のものでした。「女装(男装)したいならすればいいだけのこと。そんなに騒ぐことなの?」という感じでした。

 それでも、たとえ生涯を1人で生きていくことになっても、体の性とは違う性で生きる道を選ばずにいられなかったその人の話を聞いたとき、逆に、男として生きていた時期の「生きづらさ」を、少しだけ理解できたような気がしました。

 交流の合間には、京都在住のトランスジェンダー当事者、土肥いつきさんの講演も聞きました。在日韓国・朝鮮人や被差別部落の生徒を抱え、人権教育に熱心に取り組んでいる土肥さんが強調していたのは、在日も被差別部落出身者もセクシュアル・マイノリティーも、差別される少数者の生きづらさに軽重はない、ということでした。

 「男らしくしなさい」「女らしくしなくちゃだめよ」。簡単に使ってしまう言葉ですが、もしかすると、その言葉につらい思いをしている人がいるかもしれません。出会いについて話してくれたその人は、周りの理解のおかげで外見の性を変える移行期間も得られ、自分の心の性に合わせて普通の社会人として充実して生活しているように見えました。でも、周りに理解してくれる人がおらず、日々、孤立感を深め、つらい思いをしている人も多いようです。「男らしく」「女らしく」ではなく、みんなが「自分らしく」生きていけるようになるといいですね。

<電子メディア局編集G・飯島>

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