マイルス・デイヴィス 没後20年
2011年09月28日
9月26、27両日の本紙夕刊の文化欄で、きょう(9月28日)で没後20周年を迎えたトランペット奏者・マイルス・デイヴィスの特集がありました。
「マイルス死後20年 帝王が遺したもの」と題し、初回は専門誌「ジャズ批評」の編集者で、旭川出身の原田和典さんが「枠を超え たゆまず革新」と、ジャズの枠にとらわれなかったマイルスの音楽性と変遷などを紹介。続く2回目は、ジャズ中心の音楽評論を執筆している函館出身の村井康司さんが「ジャズという音楽を常に更新し、延命させた功績者だった」と、マイルスの功績を総括していました。
さて、そんな私はマイルスが亡くなるちょうど10年前の、1981年生生まれ。実家が北海道東部の帯広市の街中でジャズ喫茶を営んでいたこともあり、マイルスは尊敬する人物の一人です。
亡父もマイルスが好きだったため、ものごころが付いたときには2枚組みの大作「ビッチェズ・ブリュー」や、当時のジャズファンを困惑させたという「オン・ザ・コーナー」など、エレキギターやキーボードなどの電気を必要とする楽器を取り入れた「電化マイルス」と呼ばれる時期のレコードなどをよく聴いていました。
1990年代中盤。時代はJ-POP全盛期。バブル経済が崩壊したとは言え、シングルCDの売り上げ100万枚が続発するなど、日本の音楽産業は今よりも元気でした。そんな時代でも、マイルスが録音したトランペットの咆哮は、後乗りの10代(私)の耳とハートをがっつりつかみ、離しませんでした。
流れ星のように心地よい音色を聴かせるアルバム「イン・ア・サイレント・ウェイ」があれば、不動明王のような睨みをきかし、トランペットをギターのように咆哮させ、ある種の凄みすら漂わせるライブ盤「ダーク・メイガス」もある。かといってフツー(スタンダード系/アコースティック編成)なジャズも、かっこよく聴かせちゃう。「トランペットという楽器ひとつで、ここまでいろいろな音を表現できるのか!」
私にとってマイルスは、音楽を聴き、興奮するという体験を与えてくれた、かけがえのないプレイヤーであり構築者です。奇しくも今日は9月28日。没後20年を迎えたマイルスにこう言いたいです。
ありがとう!
