赤いトマトジュースが全身に染み渡る -80回目の献血-

2018年05月02日

 先日80回目の献血をしました。平成元年から献血を始めて今年でちょうど30年目。この10年間は、きっちり1年に3回、400mlの血を抜いています。400mlといえばビールの350ml缶と500ml缶の中間くらい。ちょっと多いような気もするけど献血後に(ビールじゃなくて)じゅうぶんな水分を補給すると、減った血液量は短期間で回復するそうです(ただし血液成分の回復には数週間かかります)。人間のカラダって本当によくできているものですね。


 私の最初の献血は、平成元年の2月。今も当時の献血手帳を保管しています。「昭和」という印字部分を手で消して「平成」のスタンプを押しています。時代を感じますね。30年を経て献血手帳は電子化されてカードになりましたが、表紙のデザインは今も変わっていません。


▼30年前の献血手帳(平成元年2月)

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▼現在の献血カード(平成30年4月)

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 5年前まで大通献血ルームは地下街のオーロラタウンにあり、献血後には無料のトマトジュースを飲んで自由に食べられるチョコレートをつまんでいました。不思議なもので、これだけで体調が回復するような気分になれるのです。大袈裟かもしれませんが、赤いトマトジュースが全身の五臓六腑に染み渡り、チョコレートの糖分が脳細胞を巡るような感覚です。

 大通西4ビル11階にある現在の献血ルームは、各種機器が完備されて申し分ないのですがトマトジュースとチョコレートがなくなったことが、ちょっと残念です。いつも献血のあとには近くのコンビニでこの2つを買っています。まぁ言ってみれば、おまじないのようなものですが、私にとって実は一番重要なアイテムなのです。

 30年間の献血のなかで、新しくできたものもあります。そのひとつが「献血の同意説明書」です。「献血に伴う副作用について」「個人情報の取り扱いについて」などが記載され、内容を了承した上で受付をする手順となりました。時代の流れですね。

 「同意説明書」には『採血した血液は、医療現場だけでなく研究目的に使用することがある』という趣旨の説明が書かれています。さらに『研究の内容によっては遺伝子を解析することがある』との記載もあります。ちょっと引いてしまいそうな内容ですが、私はそういうことも含めて自分の血液が世の中の役に立てばいいと思っています。関連として京都大学iPS研究所でも献血を研究に利用する取り組みを行っています。もちろん「人助けはしたいけど、研究には使用しないでほしい」という人の意志も尊重され、同意を撤回することも可能です。


大通西4ビル11階の献血ルームから望む大通公園(平成30年4月30日撮影)

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 若い頃、雑談の中で『立花さんは、どうしてそんなに献血するんですか?』と質問され、『僕は血の気が多いから、少し血を抜いたほうがいいんだよ』と冗談を言っていましたが、今なら『50歳を過ぎたおじさんになっても継続できる、数少ないボランティアだから』と答えるでしょう。

 平成という新しい時代が幕を開けた頃に始めた献血ですが、平成が終わりに近づく今も続けているとは思いませんでした。今51歳を過ぎて概ね健康でいられるのは年に3回の献血によるところが大きいのかもしれません。この先の90回・100回という回数は目標にせず『無理はしない。でも、できることはする。』というスタンスで向き合っていこうと思います。

 昨今、特に若い人たちの「献血離れ」が深刻です。僕たちおじさん世代もがんばるから、若い人たちも献血に興味を持ってほしいと思います。長い目でみれば、きっといいことがありますよ。

(電子メディア局・編集グループ・立花幹彦)

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