ばあちゃんからの手紙 ~孫から101歳の祖母への返信~

2018年01月09日

 個人的な話になりますが、昨年末、網走の101歳の祖母が天寿を全うしました。小さい頃から可愛がってくれた最愛のばあちゃんです。

 私は地元の高校を卒業後、札幌に進学しましたが、その後、就職・結婚・ひ孫の出生など、人生の節目に祖母は私に手紙を送ってくれました。仕事がつらかったとき、祖母からの手紙を読み返し何度元気づけられたことかわかりません。

 通夜に向かう高速バスの中でその手紙を読み返し、亡き祖母を思い出していました。告別式では親類から弔辞を読んでほしいと頼まれ、何も準備をしていなかったので、祭壇で手紙の文面を読み上げ、「たくさんの手紙、ありがとう」と感謝の気持ちを述べて故人を送り出しました。

 結局、私は祖母に一度も返事を書かずじまいでしたが、この弔辞が最初で最後の「ばあちゃんからの手紙の返信」となったのです。(←返信を出さなかったことを、50歳の今になって後悔しています)

 1916年(大正5年)生まれの祖母は、20代を日中戦争と太平洋戦争の戦禍の中で過ごし、29歳で終戦を迎えました。兄弟を戦死で失い、戦後の混乱期を苦労して生き抜き、8人の子供を育て上げました。

 私が子供の頃、祖母は『戦争ほどいやなものはない。幹彦が大人になっても、戦争がない平和な世の中であってほしい』と話していたのを、今でもはっきり覚えています。私は小学校卒業の寄せ書きの「好きなもの、嫌いなもの」というコーナーに「嫌いなものは戦争」と書いたのですが、これは祖母の影響であることは疑いようがありません。(←こんなことを書く小学生はいませんよね)

 1991年、私が道新に就職する少し前に中東で湾岸戦争が勃発しました。その時の手紙には、社会人になる孫への励ましとともに『いやな戦争は、早く終わってほしいと思っています』とつづられていました。

 祖母たちの世代の多大な苦労や犠牲があり、その大きな反省を踏まえて、我々は平和で豊かな生活を享受しています。昨今の北朝鮮の核ミサイルの脅威、争乱が絶えない世界の国々、命を粗末にする若者など、こんな今の世の中を祖母が見たら、いったいどう思うでしょうか・・・。

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 祖母が私に送った最後の手紙は、2004年5月の子供の日。祖母は88歳でした。『もう文字もだんだん書けなくなってきました』と前置きしながらも、ひ孫の成長を願う言葉がしっかりとつづられていました。

 『私は小学校しか出られなかったけど、女学校に進んで、もっと勉強をしたかったなぁ』『年をとったらゆっくりして、若い頃に読めなかった本をたくさん読みたかったのに、目が悪くなってしまって残念だよ』と生前よく嘆いていましたが、孫の私からみると、生涯にわたり働き者で勉強家で、おしゃれなばあちゃんでしたよ。手紙は大切な思い出としてこれからも読み返し、ばあちゃんの苦労と愛情を、私は生涯忘れることはないでしょう。

 昨今は若者のみならず年配者も、家族とのコミュニケーションに電子メールやSNSなどを使うことが主流になってきました。電子メディアが発達したこういう時代だからこそ、数年に一度でもいいので人生の節目に、親しい友や最愛の人に手紙をしたためてみてはどうでしょう。きっと、双方とも温かな気持ちになり、心のつながりをより一層深めてくれることでしょう。
 

(電子メディア局・編集グループ・立花幹彦)

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