音楽随想(No4)  夢よ再び、板起こし

2010年03月18日

 保管状態のよい初期のレコードから復刻した、いわゆる「板起こし」といわれるCDがあります。

 例えばフルトヴェングラー指揮、ウィーンフィルのウラニア盤「エロイカ」といわれた録音。オリジナルのLPは呆れるほど高額で、一説には一時20万円の値が付いたと云われています。そういう法外なものはほしいとは思いませんが、学生時代に手に入れた同じ演奏のフォンタナ盤LPを聴き、その音に愕然としたことを忘れません。
 もとのウラニア原盤もそうらしいのですが、フォンタナ盤は本来の演奏とくらべ、ピッチが半音高くテンポも速いとジャケットに書かれてあったが、フルトヴェングラーを尊敬する私でも、聴くには勇気がいりました。1944年12月、第二次大戦最中の録音ですので、音が荒れ、貧弱なのは仕方がないとしても、音程がおかしいせいか、いくら聴いてもなじめず、以来20年以上、聴いていませんでした。

 しかし昨年暮れに、よい復刻盤CDがあることを本で知り、小遣いをはたいてDelta盤、OTAKEN盤、altus盤(レーザープレーヤー再生)、Grand Slam盤を求めました。

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 ピッチとテンポが正しく調整され、それぞれの復刻者により音質を補正された録音を聴き、フルトヴェングラーのこの「英雄」の素晴らしさを再認識しました。聴いていて、本当はこういう演奏だったかと胸を熱くしました。

 ところで、今回、世評高いDelta盤でフルトヴェングラーのベートーヴェンをいくつか聴き、憑きものが落ちました。Delta盤はこの大指揮者の録音としてはまずまずの音質です。しかし、38年前にドイツエレクトローラのブライトクランクステレオによる「運命」を聴いて圧倒された私の耳は、さらに素晴らしい至上の録音を夢見てきました。今回、音質的に最上とされるもののひとつであるDelta盤(モノーラル)を聴き、これ以上のものを望むのは叶わぬ夢なのだと思いました。

 一方で新しい発見もありました。Altus盤のフルトヴェングラーによる「運命」(1943年6月27~30日録音、ベルリンフィル、ライブ)は、これまでのイメージを一新する内容で、レーザーターンテーブルの威力なのでしょう。

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音の強弱の幅が広く、生々しい厚い響き。第2次大戦のさなかの明日をも知れぬ状況のなかで行われた演奏で、聴いていて思わず襟を正しました。  (俊)

ワンコインで味わえる至極の一杯

2010年03月16日

ご無沙汰しておりました。
おじさんです。

実に2009年4月以来の登場です。
3月1日付で、無事!?派遣の身を解かれ、ここメディア局へ異動となりました(派遣でも局員ではあったのですが・・・)。
なので、もう”隠れキャラ”ではないのですが、せっかく立てたカテゴリ、これからも使っていこうかと思いますm(_ _)m

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音楽随想(No3)  蘇った演奏、異次元の音

2010年03月15日

 1950~60年代の録音にもかかわらず、音のよいCDがあると聞き、虫が起きました。音がよいということには疑り深いのですが、聴いて感心しました。

 LP初期からステレオ初期にかけて、数々の名演奏が生まれました。第二次大戦後、混乱期を経てようやく世の中が安定し、芸術や文化を求める時代になったからでしょう。巨匠や大家、名人が多くの名演奏を残しました。

 こうした貴重な記録を現代の技術で蘇らせたXrcdという高品質CDがあります。レコード会社の倉庫に眠っていたオリジナルマスターテープを発掘し、高度な技術を駆使して制作したということです。

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 トスカニーニ=NBC交響楽団のベートーヴェン第9交響曲「合唱」、フリッツ・ライナー=シカゴ響の「田園」、シャルル・ミュンシュ=ボストン響の「幻想交響曲」は解像度が高く、プレゼンスの見事さには圧倒されました。
 トスカニーニの「合唱」-第1楽章の、虚空からわき上がるように始まる第2バイオリンとチェロの合奏をバックに第1バイオリンが下降旋律を奏でますが、出だしから耳を捉えて離しません。第2楽章は、皮の張り具合まで分かるようなティンパニーの先鋭、強烈な異次元の音。
 同じ演奏をレコードやCDで持っていますが、そのどのレコードやCDでも聞こえなかった音が聞こえ、その美しさと迫真性にゾクっとしました。


昔 のアナログ録音でも、録音された音と演奏がよければ、現代の技術によりこれほど鮮明な音楽に蘇るものかと認識を新たにしたところです。音楽好きな作家・五味康祐氏が昭和30年代に聴いていたのはこのような音だと想像しています。

 音楽エッセー「西方の音」には、彼が愛するスピーカーであるタンノイ・Guy・R・フォンテーン・オートグラフをめぐる昭和30年代から50年代にかけての音楽体験が書かれていますが、氏曰く「拙宅の装置はメトロポリタンオペラの音(カーネギーホールの音だったか?)がする」と言っていた方ですから!

 ハイフェッツ(RCAのリビングステレオシリーズ=SACDと通常CDのハイブリッド盤)も新しい発見でした。

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 シベリウスのバイオリン協奏曲は潤いのある音で、魔神ハイフェッツの弓使いや指先が見えるようです。チャイコフスキー、ブラームスのコンチェルトでは重奏が鮮やかにマイクに捉えられ、思わず息を呑む。こんな音楽を家庭で楽しめるなんて、今はなんてよい時代でしょう!  (俊)

気軽にナイタースキー!

2010年03月12日

バンクーバーパラリンピックが開幕ですね。
筆者は不勉強でアイススレッジホッケーを今まで見たことがなかったのですが、練習試合をテレビでみて、その迫力には圧倒されてしまいました。
バンクーバー五輪に引き続き、応援したいと思います。ガンバレ、日本!
そんな中、札幌藻岩山スキー場に行ってきました。
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音楽随想(No2)  虹色の革命

2010年03月12日

 1980年代、音楽の世界に革命が起きた。忘れもしない1982年のこと。CDが誕生したのです。その誕生間もないCDを札幌のキャビン大阪屋さんで聴かせてもらいました。

 虹色の光を放つCDがクルクル回り、静寂の中から突然大音響で音楽が鳴りだしました。
レコードでは必ず聞こえたシャーという針音はなく、大音量時のビリツキもありません。
きれいな音です。体に衝撃が走り、耳を疑いました。

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そして、CDはレコードに取って代わるであろうと思いました。


 後に主役の座を奪われるレコードについて少しお話ししましょう。
レコードは文化の薫りを漂わせた貴重なものでした。価格は1枚2000円~2500円。立派な装幀の単行本や文学全集の1冊分です。学生の身分では半年に1、2枚を買うのがやっとでした。
 ほこりがつくと、演奏中にパチパチ、ブツっなどの雑音が入るので、取り扱いには神経質にならざるを得ません。レコードをかけるときは盤面のほこりをクリーナーで丁寧に拭き取り、ターンテーブルのセンタースピンドルにレコードの中心の穴を静かに入れます。決してスピンドルの上に盤面を載せてガタガタゆすってはいけません。レーベルにヒゲが付くからです。
さながら厳粛な儀式を執り行っているようでした。

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そんな雰囲気でしたから、老弱男女を問わず、聞き流しではなく、苔が水を吸うように音楽に身を浸したのでした。

 とはいえ、普段は音楽はFMラジオで聴きました。AMは音がイマイチでしたので流行ったのが「エアチェック」。この言葉はもう死語なのかな?FMで流れる音楽をカセットテープに録音し、朝から晩まで飽きもせず聴いたものです。オープンリールデッキは憧れだけの対象でした。

 今はデジタル化により環境が激変、レンタルCDがあり、iTunesで曲を手軽にダウンロードできる環境になり、手軽にさまざまなものを入手できる反面、音楽を大切にする気持ちがやや薄れたことを自分に感じるときがあります。大切なものが身近になったせいで、ありがたみを分からなくなったということでしょうか? (俊)

音楽随想(No1) ラジオは若者のコミュニティの場だった

2010年03月10日

技術革新が進むと世の中が変わりますね。ネット時代になり実感しています。新たに生まれるものがあり、変質するものがあり、失われるもの、蘇るものがある。例えばラジオ-普段、家で聴くより、車に乗っているときに聞くメディアになってしまって久しいですね。でも、よい番組がたくさんあるのに普段聞かないのは惜しいと思い、しまっていたラジオを探しました。

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【写真は退職した先輩からいただいたラジオ。真空管のように見えますが、飾りです】

みなさんは、ラジオをお聞きになっていますか?

私が学生の頃は世の中を知る道具はラジオと新聞でした。ラジオで語られる若者の悩み、ディスクジョッキーが語る兄貴分としての人生論。最新の音楽や映画情報。ラジオは高校生や大学生にとってコミュニティの場でした。

ビートルズ、サイモンとガーファンクル、フランシス・レイ、井上陽水、そしてジャズ。音楽もラジオで聴いたものです。貸本はありましたが、レンタルCDはありませんでした。そもそもCDというものがまだ世の中にはなく、音楽はテープか、レコード(あの黒くて薄い円盤)でした。学生にとってテレビは贅沢品、ステレオは高嶺の花、クルマは夢の夢という時代です。今はiPodあり、パソコンあり、ネットあり。暮らしは格段に違っています。

そういえば学生時代はこんなことがありました。実験結果を最小自乗法(最適値を求める計算方法)を使って解析する課題があり、これを電卓で何時間も計算するのです。計算回数が多いのでボタンの押し間違いなど、ミスもあります。眠い目をこすりながら何度も計算し徹夜で答を出したのですが、先生に提出したところ、「答えが違ってるぞ!」とひと言。あんなに時間を掛けたのに計算ミスがあったとは。今ならパソコンで正確にプログラムを書けば、苦労をせずにできる。学生時代にパソコンがあればもっといろいろできたなぁ-と思った次第。(俊)

バンクーバー五輪の気分でばんけい!

2010年03月02日

バンクーバー五輪、終わってしまいましたね。
しかし選手が与えてくれた感動は、今でも熱く胸を揺さぶります。
日本代表選手になった気持ちで、さっぽろばんけいスキー場を訪れました。
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バンクーバー 携帯メール速報で応援

2010年03月02日

バンクーバー五輪の聖火が消えました。
熱戦の17日間、スタッフも忙しい毎日が続きました。
 
HP「どうしんウェブ」、有料携帯サイト「道新&道スポ+」の運営は編集グループの仕事。
試合会場から送られてくる道新記者・カメラマンの記事、写真などをアップします。
道産子選手はもちろん、国内外の選手の活躍ぶりも詳しく伝えました。

中でも一刻一秒を争う作業が「携帯速報メール」です。
開会式前の12日、「ジャンプの岡部選手がメンバーから外れた」というニュースが第1号。
16日にはスピード500メートルで「長島が銀、加藤銅」。
26日は「浅田真央は銀 キム・ヨナが金」を発信しました。

そして迎えた28日の日曜日。
担当者は午前3時すぎに出勤、「石田が5位入賞」という女子長距離初の朗報を打ちました。
さらに、スピード女子団体で「日本が銀メダル」という快挙。
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「すごいね」「よくやった」
スタッフもバンクーバー速報の素晴らしい締めくくりに笑顔いっぱいでした。

忙しい五輪もほぼ終わった、とホッとしていたら、今度は一転、津波です。
銀メダルからまもなく「道内太平洋岸などに津波警報」「根室で第一波観測」。
そんな速報を相次いで出しました。

メール速報は加入者の手元の携帯に届きます。
うれしいニュースも、怖いニュースも、びっくりするようなものは、携帯メールで速報します。
TVやラジオが生中継したら、速さではかないません。
でも、放送を見たり、聞いたりしていない時にも確かな文字情報で届くニュース。
結構、便利ですよ。
                                           (もり)


スキーもいいけどスケートも

2010年02月22日

バンクーバー五輪も中盤ですね。
好調なスケート陣に刺激を受け、月寒体育館スケート場へ足を運びました。
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マウントレースイへ ついでに夕張三昧

2010年02月22日

 気持ちよく晴れた天気のもと、夕張のマウントレースイに行きました。夕張というと遠いイメージがありますが、札幌の豊平区からだと車で1時間半かからずに着きます。ルスツキロロより近いのです。


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長いゴンドラで一気に山頂まで駆け上がる

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 メディア局に在籍する「不特定多数」「老若男女」のメンバーで構成しています。他のブロガーのみなさんに比べると北海道の「通」とは言えませんが、曲がりなりにも北海道の最新情報を日々発信する職場から、何かしら皆さんのお役に立てればと思っております。

※イラストは道新グループの会員組織「道新ぶんぶんクラブ」のキャラクター「ぶんちゃん」 です。


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