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パナソニック、あなたさまもですか!

2012年09月22日

 パナソニックのバドミントン部とバスケットボール部が来年3月末で休部です。
 パナソニックの純損益は7721億円!企業体も巨大ですが、損益も巨大!
 バドミントン部は1980年に三洋電機として創設。バスケットボール部は1952年設立。本拠地は枚方市です。まいかたし、ではありません。ひらかたし、です。
 私は1985年から1988年まで枚方市に住んでいたのです。
 パナソニックには、パンサーズという男子バレーボール部・パナソニック野球部・インパルスというアメリカンフットボール部・エンジェルスという女子陸上部・チアリーダーズチーム・ワイルドナイツというラグビー部・そしてサッカーガンバ大阪のスポンサー・極め付けは石川遼のスポンサーです。
 パナソニックスポーツ事業は、パナソニックキッズスクールの運営などを通して、地域社会との交流やスポーツ文化の輪を広げることで、目標は「日本一」合言葉は「徹して勝つ」です。
 パナソニックバドミントン部というより、三洋電機バドミントン部は、私がミズノ時代にお世話になった思い出があるチームなのです。
 ミズノでもバドミントン用品を製造し、三洋電機やサントリーチームへ販売促進活動を続けていたのです。
 そんな時に「女王」北田スミ子さんにお会いしました。全日本シングルス優勝8回、ソウル五輪銅メダル(公開競技)、確かにオーラを感じました。全日本で8回目(史上最多)の優勝を飾り、引退の噂も流れていたころの、大阪府バドミントン協会・各チーム・各メーカー・マスコミ関係者合同の「ごくろうさん会」でした。
 選手と関係者が組んでのミックスダブルス大会とその後のすき焼き会です。
 私はサントリーの左利きのキャプテンと組み、あれよあれよと決勝に進出。そして決勝の相手が日経新聞の年配の記者田中さん?と女王北田スミ子選手だったのです!!
 私たちは田中記者を集中的に攻めポイントを稼ぐのです。そして第1セットを取ったとき、「事件は現場で起きたのです」!!
 女王がジャージを脱ぎ捨てたのです。そして女王が笑いながら言いました。「田中さん、ネットの所に立って、動かないで!!」会場は大爆笑になりましたが、女王にすればうろうろ動く田中さんはとても迷惑だったのです!!(田中さん、お元気ですか?)(ごめんなさいね)
 それからは、2対1の戦い!大接戦の末、なんと私たちが優勝したのです!!!
 そしていただいた優勝トロフィーを私は北田さんに差し出してお願いしました。「参りましたとサインしてください」これは、いまだに私の家宝です。
 三洋電機はあの「オグシオ」で有名な小椋久美子・潮田玲子さんも所属していました。
 ですから、いろいろな関係からいえば「おまえもか!」とはいえません。ですから「あなたさまもですか!」にしました。
 東京で「ヨネックスオープン」が行われています。
 芝スミ子(旧姓・北田スミ子)さんの解説を聞きました。よく通る声・わかりやすい適格な内容・言葉の端端にやわらかな大阪弁というか京都弁のような響き。いまも、日本バドミントン協会の強化委員をされていらっしゃいます。
 バドミントンのスマッシュは初速が時速300キロで、それがドロップショットになれば終速は限りなく0キロに近づくそうです。バドミントンはロンドンのメダル獲得もあり、今後ますます人気がでます。
 ジャージを脱ぎ捨てた女王の姿は、私の心の中に生きています。

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プロフィール

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伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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