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プロゴルファー崎山武志、北海道チャンピオン!

2012年09月09日

 彼に最後に会ったのは、1999年の10月だ。
 小樽で日本オープンが行われ、早めに札幌入りした彼と、当時コンサドーレ札幌の監督だった岡田武史氏と私は行きつけの「久保田ジンギスカン」で落ち合った。
 久保田の父さんは、付き合ってから分ったのだが、1976年インスブルック五輪に出場した久保田三千夫の伯父さんだった。私と三千夫はワックスマンと複合選手という仲で、気持ちの優しい三千夫は自分が寝る前、必ずインスタントラーメンを作りにワックスルームに顔を出した。
 スキーワックス用の鍋?とバーナーで作るラーメンは、毎度お馴染みの「麺だけラーメン」なのだが、明け方まで作業が続く私には最高級のラーメンだった。
 その日、久保田の父さんは上機嫌だった。
 「いやあ、プロゴルファーを1打差でやつけたよ」、満面の笑みでそう言った。
 「えっ!なに?練習ラウンドに行ったの?」
 「違うよ、もう1ラウンドは歩けないから、パークゴルフさ」
 その言葉を聞いて私はぶっ飛んだ!
 崎山武志はプロゴルファーで、日本で最高の大会である日本オープンに出る選手なのだ。そのプロゴルファーがパークゴルフ???
 「いやあ、月曜日、コースがクローズだったので、ちょうど空いてたんです」
 実はこの時、久保田の父さんの病状は癌の末期まで進んでいた。
 すべてを知っていた私は、崎山プロに心の中で手を合わせた。
 拙著「もっとスポーツ北海道」204ページにある「タケシ君のパークゴルフ」は、その日の帰り岡田監督の言葉が始まりだった。「崎山さんの思いやり、すごいですね!伊藤さん、私たちもそうしましょうよ」
 最初のタケシ君は、結果的に日本で最初にパークゴルフを経験したプロゴルファーとなった。
 二人目のタケシ君とのパークゴルフは、1999年10月30日だという。私は、その時10月19日に乳がんの手術をした妻に付き添い東京にいたが、「行かなきゃ後悔するわよ、久保田さんも監督さんも、行ってガードしなくちゃ」と言われ、私にとっても最初のパークゴルフとなったのだ。
 久保田の父さんの最後の日、私は耳元で「ダブルタケシのパークゴルフ」を語った。父さんは、何度も微笑んだ。
 崎山プロとはその後会っていない。
 私は妻との共闘の世界に入ったからだ。
 崎山プロのニュースは2006年にゴルフ以外のものだった。
 女性との話がこじれ、自ら警察に電話をして「首に手をかけました。力をこめれば死なせていたかもしれません」と、自供したという。結果は、処分保留で釈放となった。しかし、日本プロゴルフ協会は彼に1年間の出場停止を命じた。
 2012年、9月8日。北海道新聞朝刊。
 崎山逆転初V 最終日は、首位と1打差でスタートした函館出身の崎山武志(クレイジー)が66で回り初優勝した。11月に50歳になる崎山が、、40歳代の最後に優勝できて良かった。3歳まで過ごした故郷・北海道での栄冠に感無量、、、
 私は携帯電話で彼の番号を探した。つながるか?番号変わっていると思うぞ!
 「伊藤さん、ご無沙汰しておりました」、つながったとたんにそう言われた。
 私は柄にもなく、声が震え、涙のなかでおめでとうの言葉を絞り出した

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コメント

始めまして
私は久保田の父さんの末娘です。

父のことを書いていただき本当にありがとうございました。
涙が止まらず、また当時の父のことを思い出しまた涙が止まりませんでした。

当時の父は末期の胃がんという状態で体力的に辛かっただろうと思いますが、監督や伊藤さん、崎山さんのお蔭で楽しく過ごせることが出来ました。
そして、父が亡くなるときに監督から頂いた手紙を何度も母が読み麻酔で意識が低下していた父が涙を流した姿を今でも忘れることが出来ません。
あのパークゴルフは父は楽しかったんだろうと今でも思います。
本当に本当にありがとうございました!

そして奥様が大変な時に父の為に来てくださりありがとうございました。
私自身も6年ほど前に乳がんの手術をしました。とても大変中、父の為に言ってくださった言葉に本当に胸が詰まりました。
私いま横浜にいるので、いつか崎谷さん、監督にも会える時が来たらいつか「ありがとうございました」と伝えたいと思います。
本当に本当に父のことを書いていただき、ありがとうございました!!

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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