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がれき、って言い方、やめるべ!

2012年04月12日

 瓦礫、今使える漢字でないから、ひらがなで「がれき」ってか?
 それとも、ひらがなで書けば、少しは印象も和らぐってか?

 がれきって、かわらと小石。また、破壊された建造物の残骸。そしてさ、価値のないものの集まり。なんだと!
 だけどさ、考えてみろ、震災による行方不明者はまだ3100余名もいるんだよ。
 今までだって、ようやく探し出した子どもの顔の汚れがどうしたって落ちなくて、拭いても拭いても落ちなくて、最後は親が子どもの顔を舐めたってさ。
 愛する者の体なら、死んでたって抱けるんだ。それがひとだべや。骨だって抱けるんだ。
 3月11日の道新、見たか?
 すっごい記事だ!「わが子よ、捜索今も。ちっこい骨だけでも 見っげてやりたいから」
 家族自らがダイバーや重機、潜水の資格を取って捜索を続けてるんだと。
 そったらときに、がれき、がれきってか?
 絶対に「価値のないものの集まり」なんて言えないべや!

 だから、がれき じゃない。遺物だ。「故人が残したもの。かたみ。遺品」なんだ。

 原発事故がなければ、その遺物で被災各市町村に「横浜山下公園」がたくさんできたさ。横浜山下公園は、関東大震災の「遺物」で造成されたんだと。恋が成就する山下公園だよ。
 
 宮城県女川町では「100年分以上のごみ処理量に相当するがれきが発生。中心部に全長1キロ以上にわたって連なり、、、」
 東北被災3県のがれき合計2252・8万トン中処理処分済みは6・3%。
 誰かが「福島の復興なしに、日本の復興なし」と言っていた。
 現実は、放射能への不安から「がれき、受け入れ反対」のオンパレード!
 復興庁の政務官が言っている。
 (被災地の実状を知らなければ、スピード感ある支援はできません。現場感覚のない霞が関と復興庁とではスタンスが違います)
 だから、国会は被災地持ち回りで開催しなさい。
 がれきを「遺物」と考えなさい。
 あらためて、日本全国の原子力学者・放射能、放射線学者を結集させなさい。

 いま、世界が日本をじっと見ていることを、私たちは忘れちゃだめだって!
 福島に、ひとは住んでいる。危険を覚悟して、日本のために世界のために現場で闘うひともいる。だから「がれき、反対」だけを言うのは、違わないかい?
 同胞の苦しみを分かち合うために、「受け入れる。それは遺物でもあるからだ。ただ、日本の科学力を結集させて、どうすれば安全化できるかを必死に研究しよう」と、言おうよ。
 そうすれば、どれだけ被災者を勇気づけられるか、と思うんだけど、、、。

 知り合いが被災者で、わずかな見舞金しか送らなかったのに、1年たって「カステラ」送ってきたんだわ。カステラ食べながら涙出てきたの、初めてだった。まだまだ、不自由してるのに、、、。
 阪神淡路大震災のとき、後輩が被災者で救援物資持って行ったんだわ。1ヶ月たった日曜日でさ、「観光客」だらけでさ。「おっ!あのビルだ!いやあ、新聞で見るより凄いな。ほら並べ並べ!こりゃ、いいわ!百聞は一見にしかずだよ!」カメラに向ってピースサインをするのだけは、やめような!

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会社の新入社員研修所で同室だった同期の1人は宮城県気仙沼の出身。彼の親父さんが遠洋漁業の漁師で、昔からインマルサットの衛星通信を使っていたので、彼の地の名門、東北大学を卒業し、同サービスを提供する会社に入社したという立派な動機の持主です。

昨年3月11日から、彼のお父さんは津波で行方不明になりました。半年経った9月11日に、ついに彼はご尊父が行方不明のままお葬式を出しました。

何も出来ない私は弔電を出すのが精一杯でしたが、彼は宮城からのお土産に復興を期した日本酒をお土産に持って帰って来てくれて、職場で手渡しをしてくれました。ただ頷いて受け取る事しか出来ず、帰宅して涙と共に味わった事を思い出します。

計り知れない悲しみを胸にして、それでも友に気遣いをくれる東北人の魂を見ました。

ここNYでは、3月11日に多くの日本人とNew Yorkerが1,100人集まって、日本の被害者を忘れない、必ず共に居るという祈りを捧げてくれました。
世界が日本をじっと見ている事を私も共に体感して来たので知っています。

福島の幼稚園児が世界からの支援に対し、一生懸命練習して作って送ってくれたお礼のビデオメッセージに涙した人々は同じ日本の中でそういう事になってるとは思っていないでしょう。

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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