« 心配事の傾向と対策 | メイン | 初優勝はひな祭り »

遠距離通話の同期会

2012年03月03日

 夜遅くに電話が鳴った。
 「龍治か?」聞き覚えのある声が、アルコールを帯びていた。
 「懐かしい奴と飲んでいる。いま、代わる」。
 「もしもし、、、」「えっ!誰?」かすかに特徴のあるアクセントに私の頭が反応し始めた。
 「大杖?、、正彦か?」「えっ!分ったかあ」
 電話をかけてきたのは、早稲田大スキー部同期の則本聡。高松在住。電話を代わったのは同学年で慶応大出身の大杖正彦だった。
 大杖の横浜の家に出した年賀状が返ってきていたから、思わず今はどこだ?と聞いた。

 「鳥取の大山だ。親父が102歳で亡くなって、、どうするということになって俺が戻った」
 「そうか、うちのお袋も去年亡くなった。98歳だった。」
 早稲田、慶応の仲もあり、大杖は札幌の私の家に3回ほど泊まったことがある。「たちの味噌汁」に目を丸くしたが、2回目からはリクエストされたものだ。
 私の高校時代、北海道の則本・鳥取の大杖は東西を代表するスキー選手で、高校レベルをはるかに超え、全日本級の選手だった。
 私がたった1回出場した全国高校大会では、回転優勝が則本・大回転優勝は大杖だった。大杖は1972年札幌冬季五輪にも出場した。
 「いやあ、なつかしいのお~大山にきとるんや、お前の話になっての~」
 則本が喋るのだが、言語不明瞭、意味不明!
 ただ大山と札幌では2000kmは離れているだろうか。酒飲み話のなかに、自分が登場したことの嬉しさに、全てを許しながら「こういう同期会も良いもんだ」と私は微笑んだ。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.hokkaido-np.co.jp/mt/mt-tb.cgi/17615

コメント

知ってます、知ってます。大杖姉弟だったでしょうか。我が鳥取県が生んだスキーのスパースター。米子東高校の野球部と当時全国に名をとどろかしていましたね。

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

ブログ内検索

カテゴリー

最近のエントリー

コメント




トラックバック

バックナンバー