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ジャンプ復活の課題

2012年01月31日

 伊東大貴選手のW杯2連勝は、日本ジャンプ復活を象徴するものでした。
 忘れてならないのは、出身地下川町の町をあげての長年の努力です。
 ジャンプ王国北海道といえども、現在ジャンプ選手の養成基地といえるのは、札幌・下川・余市ぐらいなのです。このなかで、町をあげての強化といえば下川町です。
 五輪代表スキージャンパーだけでも、嶋・岡部・葛西・伊東・伊藤と名前があがるのです。しかも、かれらは時代を作り続けたジャンパーです。つまり、良い時代も悪い時代も経験しながら、たすきを繋ぎ続けてきたのです。
 ですから、今回の伊東大貴選手のW杯2連勝を誰よりも喜び、誰よりも悔しく感じたのは、41歳岡部と39歳葛西の下川の先輩二人でしょう。
 札幌W杯第1戦、2位のバルダル(ノルウェー)が試合終了後、言いました。「こうして日本選手が優勝したのだから、明日はもっと観客も増えてくれるでしょう」と。
 第1戦の観客数は、どう見ても500人。ほとんどが関係者的観客です。世界を転戦するW杯は、最高はノルウェー・オスロの10万人。どれほど小さな会場でも2万人。平均的には3万人が入場するのです。
 第2戦は3500人でした。
 長野五輪以後、10年に渡り日本ジャンプは低迷したのは事実です。ですが、この間ジャンプの底上げを図らず、一部の市町村に強化を任せきりにしてきたことも事実。その結果、現在北海道内でジャンプ選手を目指す少年たちは小中学生合わせて60人。女子は20人。東北、上信越を合わせて、男子ジュニア90人、女子ジュニア40人ぐらいなのです。
 さらに全日本スキー連盟は、会長選挙の混乱が収まらず、裁判所で判決を待つ状態です。
 つまり、将来を見据えて強化とスポーツの持つ楽しさ・見る感動・支える感動・応援する感動を合わせてマネジメントするためには、現在の連盟組織では対応ができないのです。もちろん、運営する札幌スキー連盟の運営力は見事なものです。平均年齢は70歳と言われながらも、努力される役員の方々の姿には敬服します。この方々に、観客数の増加や、そのためのマネジメント、及び強化についてなお期待することは現実的ではありません。新たな組織が必要なのです。そこにどれほどの人々が気が付くかに、かかっているのです。
 再浮上、復活ということで、大事な問題を先送りしてはいけないのです。
 常に新しい知恵、新しい情熱を注ぎ続けなければ、組織は停滞しやがて縮小せざるを得ないのです。

伊東大貴選手、W杯初優勝!

2012年01月28日

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 1月28日、小雪舞う札幌大倉山ジャンプ競技場。ナイトゲームは、新雪がライトを増幅して見事な美しさ。
 ワールドカップ第一日。大会スポンサーは、雪印メグミルク。
 岡部孝信・渡瀬雄太・伊東大貴の雪印メグミルク所属の選手にしてみれば、ゼッケン広告やスタートハウス広告でアピールするだけではなく、競技の成績でアピールしたいというのが本音に違いない。
 しかし、過去にW杯優勝経験があるのは岡部選手だけ。
 今季、伊東選手はW杯表彰台に3度上っているだけに、地元での初優勝に期待がかかっていたのです。
 大倉山には珍しく、安定した向かい風があり、飛距離がでるために助走スピードを抑える必要があり、助走速度は85~86km。スタートゲートは8~7番という、過去一番低いゲートの設定でした。
 1本目、134mを飛び128・7ポイントでトップの伊東選手は、2本目も130mを飛び、風やゲートでの修正ポイントを計算した結果、2位とは0・1差の252・6ポイントで優勝。自身初のW杯優勝を飾りました。
 表彰式にはかなりの?観衆の方々が!
 良かったね、日本!
 良かったね、札幌スキー連盟!
 そして、何より良かったね、雪印メグミルクと雪印メグミルクスキー部の皆さん!

湯浅です!札幌生まれの湯浅直樹です!

2012年01月25日

 今季の日本スキー界は、W杯入賞のニュースが続出して明るいシーズンになっています。
 男子ジャンプは、伊東大貴・竹内択、女子ジャンプは、高梨沙羅。
 ノルディック複合は、渡部暁斗。
 さて、アルペンは? ことしも苦しいか?
 と、思っていたら、やりました。湯浅です。28歳、札幌生まれです。
 オーストリア・シュラートミングでのW杯です。24日のナイターレースでした。
 今、J-スポーツを見ています。自己最高の5位がわかって見ているのですから、こんなに楽しい観戦もありません。
 この会場は、湯浅選手にとっては縁起の良いコースなのです。2シーズン前に8位。昨シーズンは10位とポイントを稼いでいるのです。
 右ひざの故障を抱えていましたが、湯浅は藻岩山で育った蝦夷リス!
 トレーニングにも、山走りを取り入れているのです。かっての超人、ステンマルクがそうでした。人口500人の村で生まれ、山走りや河原走り、木登りや綱渡りがトレーニングメニューでした。
 湯浅のすばしっこさは、蝦夷リス顔負けの野生児としての勘の良さ!
 世界のトップ級には負けません。惜しいことに、1位とは0・4秒差の5位です。
 がんばれ、湯浅!来年は同じコースで世界選手権大会。その次のシーズンはソチ五輪ですよ。
 こんな、いいニュースが入ってくるのに、日本では「全日本スキー連盟役員改選訴訟が、決裂。和解交渉が物別れ。2月9日に東京高裁で判決」と、なりました。
 つまり、現在のところ、全日本スキー連盟は存在していないということなのです。
 ルールを変えて、今後は全日本スキー連盟の役員の任期は1年として、常に新陳代謝を計ると言うのはいかがですか?
 どこにも首を突っ込んでいない私には、そう思えるのですが?

打ち込む姿は美しい

2012年01月24日

 全豪テニス、ベスト8の錦織選手の闘う姿は美しいものでした。

 米大リーグに挑戦するダルビッシュの札幌ドーム会見は、本音を吐露した美しさがありました。真剣勝負の場を求めて行ってきます、それだけの力は北海道で身につけさせてもらいましたから、、、こう言われちゃ「やめとけ!」なんぞは言えません。

 ちょっと前なら覚えちゃいるが、、、45歳のサッカー選手が挑んだ札幌でのフットサルゲームは、5800人もの観客が詰め掛けました。三浦カズの真剣さが観客の心をうちました。美しい光景でした。

 さあ、今週末はスキージャンプです。
 28日土曜日は、試技開始が15:30、競技開始は16:30、ナイタージャンプです。夜間照明の大倉山競技場は、必見!美しい!一度見て御覧なさい。寒さは心配ありません。室内観戦もテント内観戦もできます。
 29日日曜日は予選開始が9:00、競技開始が10:00です。朝早くからの競技会ですが、この日は41歳岡部・36歳船木・33歳吉岡の3選手が出場するのです。30代・40代の選手が頑張れるのは日本独得の企業スポーツが定着しているから。
 ベテランの闘う姿は美しいものです。
 お父さん・お母さん・子どもたちに北海道プライドを見せてやってください。
 大声で応援しましょう。エースの伊東・竹内両選手がことしは暴れますよ。

 

必見!男女世界最年長ジャンパー!

2012年01月19日

 まずは、岡部孝信選手。
 第67回北海道スキー選手権大会優勝です。41歳での優勝は、最年長優勝記録。
 岡部選手は、38歳で優勝というW杯世界最年長優勝記録保持者なのです。この優勝がどれほど凄いことだったかは、2位・3位がアマンとマリッシュ選手で、この二人が岡部選手を表彰台から降ろさず、自国の同僚に岡部選手との記念撮影をせがんだことで証明されています。
 アマンやマリッシュにしてみれば、世界デビューしたころの教科書ジャンパーが岡部選手だったのです。あこがれのスターと遂に一緒に表彰台にあがれたこと、そして38歳優勝という「自分たちでは考えられない偉業」を成し遂げたのが岡部選手ということで、表彰台を独占!したのです。
 岡部選手の凄いのは、相次ぐルール変更のあおりを受けて、それまでの技術では全く飛べなくなりながらも、技術革新を続けて復活することです。今季の岡部フライトは世界に通用するものです。自分の持つW杯優勝最年長記録更新の可能性もあるのです。
 女子の世界最年長ジャンパーは31歳の葛西賀子選手。
 今季1月9日のHBC杯で優勝しています。北海道選手権は17歳の伊藤有希選手と大接戦のすえ、2.5ポイント差で2位。しかし90mの最長不倒距離を飛んでいます。
 岡部・葛西両選手とも「若さ」があります。
 ジャンプが好き・ジャンプに情熱がある・試合に出たい・だから練習したい・そしてここが本当に凄いところですが「コーチを信頼しアドバイスを求める」という謙虚さ・貪欲さがあり、学ぶ姿勢があることです。
 明日から、札幌ジャンプ3連戦。
 20日、宮の森で札幌五輪記念大会とSTV杯女子ジャンプ。
 21日、大倉山でHTB杯男女。
 22日、STV杯。
 3連戦はFISコンチネンタル大会ですから、海外勢も出場します。
 まずは、世界最年長男女ジャンパーを見にきてください。 

おもしろいよ!スキージャンプだよ!

2012年01月16日

 「スポーツ新聞に、でかでかと 沙羅金 だもの!びっくりだよな!」
 「えっ? サラ金って、いま借りるのも大変なんだろ?」
 行きつけの銭湯での、恒例?のトンチンカン談義です。
 いまや、スキー界の星、高梨沙羅選手の話題でした。冬季ユース五輪で金メダルです。
 すでにW杯で2位ですから、参加選手の顔ぶれから見てユース五輪はW杯より、はるかに格下ですから当然と言えば当然ですが、第1回大会で勝つことが重要なのです。
 ソチ冬季五輪まで2年ですが、シーズンで言えばあと1シーズン。
 ことしのジャンプ界は、なまら おもしろいって!!
 年少組と年長組、両方がタレント揃いなんだわ!
 女子の年少組は、15歳の高梨沙羅と山田優梨菜。17歳の伊藤有希。年長組は27歳の渡瀬あゆみと世界最年長女子ジャンパー31歳の葛西賀子。揃って飛びまくりですよ。
 男子も今季は急浮上です。
 年少組は20歳小林潤志郎、22歳栃本翔平。
 年中組は今季W杯で大活躍中の26歳伊東大貴、24歳竹内択、23歳遠藤秀治、
 年長組は、これが凄いんです!
 アラフォー3人組です。まず、世界最年長ジャンパーの41歳岡部孝信、40歳の東輝、39歳葛西紀明、もちろん36歳船木和喜も健在です。
 今週は20日、札幌冬季五輪記念・21日HTB・22日STVの3連戦で、コンチネンタル杯ですから、海外勢もやってきます。
 28~29日は大倉山でW杯です。エース伊東大貴、竹内択、若武者小林潤志郎、そしてアラフォートリオが必ずやりますよ。
 観戦も寒くないですよ。冬の資料館室内からも、防寒大型テントからも観戦できますし、天気が良ければ冬の日差しも結構暖かいのです。
 大声での声援、大歓迎!さあ、いらっしゃい、おもしろいよ、スキージャンプだよ!

サーティワン

2012年01月09日

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 アイスクリームの話ではありません。
 写真の主の年齢です。名古屋本社の日本空調サービスのスキー部の一員です。
 2012年1月9日。HBC杯スキージャンプ大会。男子優勝100万円、女子優勝10万円の「賞金レース」です。(女子ジャンプは五輪種目になったのですから、男女比が10対1というのは、今後は検討の余地ありです)
 サーティワンの主は言います。
 「海外の大会では、選手紹介で必ずサーティワンイヤーズオールドって言われるんです。そうすると、ウワオー!って、会場中にざわめきが起きて、、、」
 そう、彼女の名は葛西賀子(かさいよしこ)。本名は、吉泉賀子。ご主人、英樹氏は雪印メグミルクスキー部のトレーナーです。
 賀子選手は、山田いずみさんと二人で女子ジャンプを引っ張ってきた功労者です。長野五輪時は、伝説の「25人の刺客」ではなく「25人の試走者」の一人でした。
 9日の新聞朝刊には、15歳の高梨沙羅選手がW杯で2位のニュース。もう一人の15歳、山田優梨菜選手も16位。つまり、31歳は15歳や17歳と戦いながら、2014年ソチ冬季五輪を狙うのです。
 31歳は現在でも世界最年長選手です。(男子世界最年長選手は、岡部孝信君41歳です。)
 期せずして、世界最年長男女が日本というのは、これが日本の誇りなのです。(少なくとも、長く出来る環境があるということです)
 賀子選手、やりました。優勝です。
 「家計の足しにしなくっちゃ!ローンもあるし!」それを起爆剤に?して優勝です。ユーモアとウィットを持ち合わせた堂々たる31歳です。
 はっきりしていることは、女子ジャンプ初の五輪までチームリーダーの31歳が頑張る必要があるということ。そうすれば10代の選手たちも成長するのです。
 見事でしたよ、賀子さん。アイスクリームご馳走して!

被災地からのカステイラ

2012年01月04日

 携帯電話の着信記録に、その名前があった。
 瞬間、何かあったのか?と思い、折り返しの電話をした。
 相手が出たのだが、最初の言葉を用意していなかったことに気づいた。普通なら、「元気かい」「変わりないかい」と言えるのに、被災者と知っていてそれはおかしいと思った。思わず「どうした」と聞いてしまった。
 「ようやく、部屋の補修ができました」そう言った。私の頭の中で、3月11日からの月数を指が数えていた。「ようやく?え?ようやくなの?」頭が混乱していた。
 大震災直後、友人知人は?と、考えてみた。
 私の知るスキー関係者は日本海側で、雪の少ない太平洋側にはいなかった。そう思って1ヶ月したころ、ミズノスキーチーム時代の教え子が仙台に居た事を思い出した。少し慌てて電話した。
 「間一髪でした。食器棚とか冷蔵庫とか箪笥とかが飛んできて!命からがら玄関から飛び出して、、、」電話を終えて、何が出来るかと考えて、昔のチーム仲間に呼びかけて義援金を送ることしかできなかった。
 「あの時、電話をいただいて初めて我にかえりました。それまではほとんど記憶がないんです。うれしかったです。仲間にも助けられて、、、」
 その数日後、カステイラが届いた。
 被災地、被災者からのカステイラだった。
 カステイラに頭を下げてから、いただいた。

初夢

2012年01月03日

 1月1日、北海道新聞元日版、第5部の対談に登場しました。
 お相手は、佐々木亮子氏。元北海道副知事。現北海道体育文化協会理事長。
 内容は「札幌五輪から40周年」「道都の感動もう一度」として、冬の文化と冬季スポーツへのチャレンジを語りました。
 私の初夢は、絆を創造するため、絆を高めるため、絆を再認識するため、中学校ボランティア講演を続けること。中学校の先生、保護者の方々からの申し込みをお待ちします。
 もうひとつ。
 この時代だからこそ、講演というイベントは大事なのです。
 スポーツから学ぶ人のつながりと感動のために、私は「スポーツの書き手・語り手」になりたいのです。
 少人数でも構いません。例えば、一家族やとなりを含めた数家族でもいいのです。
 職場のひとつの部とか課でも構いません。ぜひ、ご相談ください。

ハンディキャップの意味

2012年01月02日

 テレビ画面では、箱根駅伝がはじまりました。
 やはり早稲田大OBとしては、胸のWマークが気になります。1区、5km過ぎからWマークが先頭です。
 箱根駅伝は、実は全日本大学選手権ではありません。関東大学駅伝なのです。その伝統は第1回が大正9年・1920年ゆえに、今日まで継続しているのです。現在、これに近いイベントを計画しても、決して許可されないでしょう。大動脈の公道を走るのですから。
 年末年始、考えていることは、ハンディキャップを持つ者は人類の財産だということです。
 12月30日に出張から戻り、31日に入院中の親友を見舞いましたが、彼は手術から1ヶ月昏睡状態が続いています。年末年始の病院は、さびしく悲しいほど静かです。
彼の奥さんは生活基盤の町から遠く離れ、ICU病室の控え室にただいるのです。
 その部屋は4畳ほどの窓もない部屋。私に出来ることは、奥さんや息子さんたちと世間話をするだけなのです。
 病むもの・痛みを持つ者・障がいを持つ者・これらの人たちは、人類の財産なのです。なぜなら、これらの人たちの存在は医学・薬学の進歩に貢献しているから。
 だから、たとえば学校生活で、体の弱い人などをいじめるのは、財産を傷つけることなのです。ハンディキャップを持つ人たちを守ることが、人類の絆だと思うのです。

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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