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元気、復活!スキージャパン

2011年11月30日

 ワールドカップ(W杯)スキーシーズン到来!
 スキー複合のエース、渡部暁斗は1998年冬季五輪を開催した長野県白馬村出身。
 白馬高から早稲田大、(ですから、私の後輩です)、卒業後は北野建設。北野建設のスキー部部長は「キングオブスキー」の異名を取った、荻原健司(彼も早稲田の後輩)です。
 その渡部選手がW杯開幕戦から2位・3位と表彰台発進です。日本複合の遺伝子を持つ男が絶好のスタートを切りました。現在は23歳。長野五輪時は13歳ですから、中学生選手として、眼を丸くしながら世界の選手たちを見つめていたのでしょう。

 日本ジャンプ陣も好発進です。
 開幕戦の団体で日本は2位。強風のため1回での競技でしたが、オーストリアについでの2位です。
 伊東大貴26歳・竹内択24歳・栃本翔平22歳・小林潤志郎20歳、平均年齢23歳のヤングジャパンチームが表彰台に登りました。小林選手は岩手八幡平市出身で大学は東海大札幌です。そしてそこには、かって荻原ブラザースたちと世界で戦った森敏君がコーチを務めています。
 指導のつながりがあってこそ、強化になるのですね。
 こんなニュースも飛び込んできました。
 スキーアルペン、ダウンヒル第1戦の優勝は37歳のディディエ・キュシュ(スイス)。自身の持つW杯最年長優勝記録を更新です。
 さあ、40歳の葛西紀明・41歳の岡部孝信両ジャンパーにも期待しましょう。

女子ジャンプも大活躍!
 フィンランド・ロバニエミでのコンチネンタルカップ第1戦では、高梨3位・岩淵5位・田中7位。
 第2戦は高梨優勝・渡瀬8位です。
 高梨沙羅選手は1996年10月8日生まれ、16歳の成り立て!
 12月3日からは、いよいよ女子ジャンプW杯が行われます。期待度MAX!

見事だよ!新十津川中学校生徒諸君

2011年11月24日

 私の夢である、全道中学校講演行脚の第一回目がきょうの新十津川中学校でした。
 「チームワーク・助け合うことの原点」60分の講演でした。
 188人の目の輝きに助けられ、1976年インスブルック冬季五輪のときに笠谷選手をはじめとするジャンプ・複合選手・監督・コーチの皆さんからいただいた「ウールのメダル」である、赤いセーターも持参しました。
 妻の遺品であり、我が家の家宝でもあります。
 新十津川町にとっては、奈良県十津川村は「母なる村」、ルーツの村なのです。9月の集中豪雨で甚大な被害を受けた母村に対し、新十津川町は見舞金・義援金・人材派遣・米の提供・そして小中学生による励ましの寄せ書き。
 正に「チームワーク・助け合うことの原点」を実践したのです。
 私のコラムのタイトルで言えば、「がんばれは誰のために」「ウールのメダル」「敗者への慰め」「試走者たちの金メダル」を、語りました。
 きょうの夜、私のブログにコメントが入りました。
 「感動して心が震えました。これからも頑張ってください」
 中学生の純真な言葉が、初老の男の心を奮わせることもあるのです。

 きょう、札幌から新十津川町へ向うと、途中奈井江・浦臼の表示もみました。
 きょう、奈井江では名犬「相馬ジュニア」殿に感謝状が贈られました。
 ジュニア君、おじさんも中学生にほめられたわ!すごく、うれしいね!
 テレビのニュースで見たジュニア君も「うれしいね」と、言っているようでした。

これが、日本シリーズです!

2011年11月20日

 優勝監督インタビュー、ソフトバンク秋山監督の声を聴きましたか?
 精根尽き果てて、開口一番「疲れました」
 しかしながらインタビュー最期を締めくくったのは「大震災以後、プロ野球界は被災者の方々に勇気を感じていただくためにやってきました。これからも、努力を続けてまいります」。
 外弁慶?シリーズともいわれた日本シリーズでした。ホームでは勝てず、アウェイでは勝つのですが、最後にソフトバンクホークスがホームで勝利、プロ野球完全優勝を成し遂げました。つまり、レギュラーシーズン優勝、クライマックスシリーズ優勝、そして日本シリーズ優勝です。
 最高殊勲選手に選ばれた小久保選手が言ったように、最大の転機は森福投手の完全リリーフでしょう。
 野球漫画、「あぶさん」に出てくるような風貌、公称171cm、実際は167cmという報道もあるくらいの細身、小柄の左腕サイドスロー投手が大活躍しました。
 日本ハムファイターズにも、「森福」が必要です。
 また、横浜から移籍した大分県出身の内川選手は、ヒーローインタビューではいつも大分弁で沸かせました。チームを盛り上げる方法論が際立っていたのが、ホークスでしたね。
 プロ野球ファンの皆様、プロ野球関係者の皆様、そして巨人軍関係の皆様、これが、日本シリーズです!

強い龍になろう!雷龍の王、語る

2011年11月18日

 今年は日本とブータンの国交樹立25周年です。
 現在、国賓として来日中のワンチュク国王、ジェツン王妃は福島県相馬市の桜丘小学校を訪問し、こう語ったのです。
 「龍を知っていますか?龍を見たことがありますか?私は龍を見たことがあるのです。龍は経験を食べながら成長するのです。龍はひとりひとりの心の中にいるのです。ですから、強い龍になりましょう」
 国会演説では、「われわれの物質的支援はつつましいものですが、友情、連隊、思いやりは心からの真実です」と、語られました。
 私はニュースでお二人を見て、お二人のお言葉を聞くたびに涙が流れそうになります。真心の微笑みでどれほどの日本国民が癒されたことでしょうか。
 ブータンは龍を紋章とする国。国王は「雷龍の王」と呼ばれ、国民に深く愛されているのです。
 じいちゃんと孫の二人を救った奈井江町の愛犬ジュニアは、奈井江町から表彰を受けることになりました。名犬ジュニアになるのです。それは当然ですね。
 ただ、忘れてならぬことを17日、北海道新聞の朝刊「直線曲線」が書いています。
 「必死だったのは、愛犬ばかりではあるまい。浦臼の事故。孫を守ろうとした祖父の温かさ、どれほどだったか。あらためて知る、孫は宝」
 そう、孫を持つものとしてそれが分るから、私は「いい汗いい話」として書いたのです。はっきり分ることは、あの絶望的な夜、じいちゃんは命にかえて孫を守るという「強い龍」になったのです。その強い龍を見て、愛犬ジュニアも強い龍に変わったのです。龍の絆が「澄海」を守ったのです。
 

ジュニア、凄いぞ!ドイツからもお褒めのメール!

2011年11月17日

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 昨夜のNHK、今朝の民放各局、もちろん、北海道新聞でもジュニアの活躍は報じられましたが、最高に嬉しいことに私のブログにはドイツ在住のNORIKOさんから、お褒めのメールが!
 ブログを通して、NORIKOさんのお言葉はジュニアへ伝えると約束して、いまこれを書いています。
 北海道新聞の詳報で、じいちゃんが携帯電話を持っていなかったのは、じいちゃんが心臓にペースメーカーを入れていたからと知りました。
 ですから、通信手段はなく、捜索隊は暗闇のなか道路から30m離れた転落した車を発見できず、言わば絶体絶命の窮地だったのです。ですから誇張なくジュニアがいなければ危なかったのです。
 ドイツのNORIKOさんは、「ふだんから大事に飼われていたから、一大事と思い守り続けたのでしょうね」とメールを下さいました。メールは、コメント欄をごらんください。
 最後に、ばあちゃんの言葉を紹介します。
 「ジュニアに温めてもらったって。聞いた時は嬉しくて涙がとまらなかったもねえ。うれしかったあ」
 いやあ、おれらも、うれしかったあ!
 写真は、今朝の札幌。うちのナナカマドの木の実にかかる初冠雪の綿帽子。長い冬の始まりです。

ジュニア、澄海を救う!

2011年11月16日

 奈井江のじいちゃん・ばあちゃんのところに、神奈川県相模原市から母親と共に帰省していた3歳の孫娘、澄海(すかい)ちゃん。
 折から北海道は真冬並の寒波となり、奈井江町や隣町の浦臼町でも雪が降り、路面は凍結。そして孫娘を載せてじいちゃんが運転する車は、スリップして堤防の斜面を転落。窓は割れ、夜間の気温は氷点下となり、普通であれば凍死。
 この窮地を救ったのが、じいちゃんの愛犬7歳のラブラドールレドリバーのジュニアでした。
 北海道ではこのニュースがトップ!きょうのNHK夜9時のニュースでもトップです。
 いやあ、涙でるなあ!
 ジュニア、お前は北海道功労賞だわ!
 それにしても、北海道の冬が澄海ちゃんの命を奪わなくて良かった!ジュニアがいなかったらだめだったべなあ。
 ずっと寄り添って温め続けたんだって。
 今日は何が何でもこのニュース。だって、私にも3歳の孫娘がいるんだもの、澄海ちゃんと同じ神奈川県に。
 ジュニア、ありがとう。

敗戦に安堵した?北朝鮮戦

2011年11月15日

 見たことのない、異様なスタジアムの光景!
 ザッケローニ監督の言ったように、相手は3次予選敗退が決定している「明日なき戦い」だけに、怪我さえなければいいと思いながらの観戦でした。
 北朝鮮選手のあの「狙い撃ち、飛び込みタックル」などは、見ている方が恐怖です。
 声が通らない大応援、大歓声!
 私も一度だけ経験があります。
 1976年、オーストリア・インスブルック冬季五輪。最終日の90m級ジャンプ。
 インスブルックのジャンプ台は、すり鉢状の観覧席で5万人収容です。地元選手を応援する大声援は耳をつんざくような物凄さでした。人間は鼓膜が震えるような音量の元では、思考能力を失うのです。そういう意味では、今日の日本チームはよくやったと思います。
 日本選手の無事、北朝鮮選手の明日からの無事?、乱闘や観客の乱入もなく、無事に終わったことを勝敗以上に喜ぶという、不思議な?ゲームでしたが、まずは終わって一安心でした。
 普通の気持でのゲームになるのは、いつの日でしょうか?

提案!読売新聞社主催「プロ野球フォーラム」

2011年11月14日

 読売巨人軍、内紛の解決策は、これしかありません。
 と言うより、自爆テロとか内紛とか、悪質デマ合戦などと取られるのであれば、それは本意ではないはずです。
 ならば、プロ野球コミッショナーの役目・プロ野球球団黒字化への提言・日本流GMのあるべき姿とは・社会におけるプロ野球の役割・プロ野球の地域密着化戦略と国際化戦略・ファンあってのプロ野球のあるべき姿・選手会の立場の向上・プロ野球関係者の法令順守精神の向上・etc
やり方は、読売巨人軍だけに絞って、「巨人軍の明日を考えるフォーラム」でも構いませんし、「オールプロ野球フォーラム」でもいいのです。
 球界の盟主を自認し、「紳士たれ」を標榜してきた巨人軍は、今回の非紳士的紛争を解決する自浄能力を持ち合わせているのか? いま、それが問われているのです。
 日本を代表するマスメディアグループとしての読売グループの力量が問われているのです。
 今回の告発はなぜ、日本シリーズの前日だったのか?それが盟主としての行動なのか?それが「紳士」としての考えだったのか? 何故それをいうかといえば、プロ野球ファンを含め世間の関心は日本シリーズから離れてしまったからです。
 プロ野球選手がまるで高校球児に返ったように、一挙手一投足に全力をこめ、時には涙を流しながら勝負する日本シリーズは、プロ野球最大最高の舞台のはずです。それを壊すのがプロ野球人の仕事でしょうか?
 今回の告発が、大震災後の開幕日に関しての紛争時であれば、納得できます。でも巨人軍が主張した平常開催は、プロ野球選手会や世論、さらには文部科学省の反対により撤回せざるをえなくなりました。福島で造っていた電力は関東のための電力でした。
 渡辺会長も滝鼻氏も、そして清武氏もその認識が薄かったのです。

 スポーツマインドを持たない権力者が権力闘争をやるために、告発、批判合戦をやり続けるならば、巨人軍及び読売グループに明日はないでしょう。それを防ぐには、グループが社会の公器を標榜する以上、机の下での解決を探るのではなく、机の上で社会の公器としてフォーラムを開くべきです。
 プロとは「公開できる人」のことをいうのですから。

さわやかスキー対策

2011年11月13日

 どろどろした話の続くなかで、さわやかなスキーの話題です!
 ひとつは、申し込み締め切りまであとわずか!
 札幌市教育委員会は11月15日まで、市民から提供された子供向けスキー用具の、利用の申し込みを受け付けます。
 すぐにサイズが合わなくなる子供用スキー用具のリサイクル対策です。これにより、保護者の費用負担を減らすことが可能になります。
 申し込みは15日までに市教委のHPか、市コールセンター011-222-4894へ。(この発表は10月29日でした)
 次は、市教委と札幌スキー連盟が市立中学校の体育教師を対象にしたスキー教室を開催するというニュースです。
 数年前は、中学校でのスキー学習は全校の30%まで低下しました。その後やや回復し今冬は全97校のうち70%の67校がスキー学習を行う予定です。
 ただ、体育教師も本州からの教師もおり、スキー離れも進み、スキー指導を苦手にする教師もいることから、行われることになりました。グッドニュースです。
 冬季オリンピック開催都市である札幌です。どこからやってきた体育教師でも、札幌に行けばスキーが上手になれるよ!そして、そういう先生たちが教えるから、札幌の中学生はスキーが上手なのさ、と言われるようにしたいですね。
 指導者が足りない時は、ご一報を! お手伝いにはせ参じます!
 「やめとけ! 邪魔になる!」 誰? 竹内君か? そういってるのは?(笑)

 なべつねは オリンパスかな 大王か

2011年11月11日

 11、11,11 1並びの日、夕方のニュースを見て、「なつかしい、いつか来た道」と思ったものだ。
 読売巨人軍の球団代表、清武英利氏が、株式会社読売巨人軍の専務取締役としての立場で、球団会長である渡辺恒雄氏を告発した。
 「巨人軍の代表取締役でもない、(親会社の読売新聞社の取締役会長である)渡辺氏が、その一存で代表取締役社長である桃井氏からオーナー職を突然、剥奪したり、ヘッドコーチ人事に介入したりするのは、多くのファンを集める伝統球団の名誉を貶めるだけでなく、会社の内部統制、コンプライアンスに大きく反する行為だ」というもの。
 23年前、サラリーマン生活を終える時の私は、直属の上司に対して物を言い、同時に退職願を提出しました。ですから今回のようなトップ同士の戦い?ではありません。
 ですが、こと巨人軍に関しては、いつか起きると思っていました。いや、起きなければ巨人軍の明日はないだろうとも思っていました。
 それは、大震災後のプロ野球開幕時期に関して、選手会が開幕延期を提起したときの「なべつね大王様」の発言を聞き、正常な判断能力を失った「老害」としったからです。「東京ドームに、停電などはない」「開幕日までお上が決めるのか?」と、聞いたときに今日があるのは分かっていました。
 清武氏は会見時、涙を流し、「これからどのような立場になろうとも、巨人軍、プロ野球界、プロ野球ファンの皆様に寄り添う存在でありたい」と語りました。
 私は一次長として、部の将来、会社の将来への提言をまとめただけで、もちろん会見もありませんでしたから涙もありませんが、気持は良く分かります。
 さてさて、問題提起をされた巨人軍、巨人軍選手会、プロ野球界、プロ野球選手会、そしてプロ野球ファンのみなさま、あなたなら、どうする?

歓迎、栗山新監督!

2011年11月09日

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 米映画「フィールド・オブ・ドリームス」に感激した、テスト生あがりの元プロ野球選手が、北海道栗山町に創ったのが日本版「フィールド・オブ・ドリームス」の「栗の樹ファーム」だ。
 創ったのは栗山町と、名前が取り持つ縁で立ち上がった元ヤクルトスワローズ選手の栗山英樹氏だった。
 全日本広告連盟総会札幌大会のフォーラムで私がコーディネーターの依頼を受けた時
、パネリストに真っ先に推薦したのは栗山英樹氏だった。明日の北海道を築くために提言をいただくとすれば、栗山氏は必然だった。
 社会人野球、函館大洋、いわゆる函館オーシャンが100周年を迎えたときも、その記念事業に推薦したのは栗山氏だ。野球を情緒的だけでなく、理論的に語れるのは国内広しといえども彼しかいないからだ。

 だから、きょうの北海道日本ハムファイターズ新監督就任記者会見を見て、「夢が叶った」と思った。
 TV取材を受けた栗山町のご婦人は、「こんな嬉しいことはない。栗山町から監督が生まれるなんて、、、」と笑顔で語ったが、おそらく町民の大半がそう思っている。
 彼、栗山英樹氏は野球の伝道師だ。プロ野球と高校球児を結ぶ「夢の向こうに」野球教室は彼が司会をする。
 だから、今のままの情緒と理論を融合させた指導で先頭に立ってくれればいい。
 私たち、北海道人は全力をあげて応援する。
 彼は国立大からテスト生でプロ入りし、病とも闘い、独自の野球世界を創造した。寒空に咲く花のように、、、。

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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