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明日に向って飛べ!

2011年09月28日

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 ジミー竹内から、突然のメール!
 士別市朝日で、「あの、ジャンプの、秋元さんに会いました!」「伊藤さんの話も出ました!」
 そうそう、朝日にあるジャンプ場と宿泊施設の総合管理を担当しているのだそうです。私もまだ行っていないので、臨場感を持っては報告できないのですが。
 ジミー竹内は、札幌に帰ってからウィキイペディアで秋元正博を調べたのだそうです。そしてまたメールが来ました。「伊藤龍治」も載っていました、と。
 何事に対しても好奇心を持つジミー竹内はさすがだな!大したもんだ!
 これは次の朝日のジャンプ大会にはぜひとも行かなくちゃ。総合管理人と言うのか、支配人というのか、別に名称はいいとして戦友秋元正博の激励に行かなくちゃね。
 写真は、明日に向って飛ぼうとするジャンパーです!
 オーストリアでのフライイングジャンプで骨折して帰国したマサに手紙を書いて病院を訪ねました。落ち着いたら読んでくれと。
 足首の骨折でしたからジャンパーとしては致命傷。同じ骨折をした私には分りました。そのうえで「世界を目指すちびっ子ジャンパーのために、すぐに引退するのではなく、もう一度飛んでくれ」と書きました。
 1年後、再起を賭けて挑んだジャンプ台はたしか朝日の台でした。50M級の台なのですが、マサはスタートするまでに40分かかったのです。
 そして飛び終えてマサはインタビューに応えて言いました。「ジャンプは危険なスポーツではないよとちびっ子に伝えたくて、、、」
 想いは繋がるのですね。

砂利に咲く花

2011年09月20日

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 6年前に芦別で購入した松葉ぼたんが、砂利の中から顔を出し、毎日水やりを楽しんでいます。ハンディを乗り越えて咲く花の強さは感動です。
 札幌大通公園が100歳を迎え、道新朝刊でも記念シンポジウムの詳細が掲載されました。
 歴史記録し子孫に継承、市内の公園の活用法を考えよう、世界から人が集まる場に、
 幼少に親しんだ風景こそ宝、積極的にイベント開催 など、提言が寄せられました。
 少し残念なことは、スポーツからの視点が不足していることです。
 例えば、モエレ沼公園では「ツールド北海道」の最終ステージ開催など、スポーツが公園に寄り添っています。大通公園での雪まつりでもスケートリンクが設置され、市民や観光客から大歓迎され、終了後には残雪を利用した雪遊び広場も好評でした。
 札幌は冬季五輪を開催したオリンピアシティなのです。
 1972年開催時の札幌の人口は100万人。今は190万人。つまり、札幌は五輪で成長したともいえるのです。
 札幌が北方圏にある天然雪の降る大都市、そしてオリンピアシティとして世界に札幌文化を発信するために次に必要なのは、大通公園を舞台にした「FISスキークロスカントリーワールドカップスプリントレース」です。しかも、この企画はFIS自体の将来展望にマッチするのです。
 「人の集まりやすい場所で、超一流のイベントを開催する」ことがFISの目論見で、すでにデュッセルドルフでは観客30万人と成功しています。
 中部ヨーロッパ、北部ヨーロッパの都市では、冬になると各公園に歩くスキーやクロスカントリースキーのコースが整備され、老いも若きも楽しむのです。
 そして、これらについて体験し親しみ、一番詳しい人を講師として活用して欲しかったと思います。
 石田正子さんか夏見円さんであれば、最適です。二人とも、JR北海道所属の世界的クロスカントリースキーヤーです。
 二人とも、数々のハンディを乗り越えて世界と戦うレーサーです。まるで、砂利に咲く花のように!

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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