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さよなら、スーちゃん。

2011年04月25日

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 今日の告別式では、葬儀で使われることを覚悟した肉声テープがながされ、報道ニュースで全国のファンが知るところとなりました。
 最期の言葉は、息苦しくなってきました、、、とあり、その意味は乳がんで妻を亡くした私にもよく分るもので、聞いていて泣けてしまいました。
 闘病19年など、、、信じられない思いです。私の妻は8年半でしたから、19年とは驚きながら悔しい思いでいっぱいです。
 実は、キャンディーズとは不思議な出会いをしているのです。
 キャンディーズの正式デビューは、1973年9月1日。「あなたに夢中」です。
 結成は1972年4月で、最初はNHK歌謡グランドショーのマスコット兼アシスタントでしたから、今思えばそれは1972年の秋だったと思います。
 ミズノのスキー販促員として富山に出張した時のこと。
 富山には高校の後輩がいたのです。この後輩が人付き合いの広範囲なことでは有名?で、その日こう言ったのです。
 「ゴールデンカップスのリーダーだったデイヴ平尾が富山に来てるんです。会ってみますか?」と。
 1968年の「長い髪の少女」は、大ヒットしましたから、もちろんゴールデンカップスは知っていました。会ってからは、平尾氏が高校時代神奈川県の水泳クロールのチャンピオンだったこともあり、盛り上がりました。
 しばらくして平尾氏が「こんど渡辺プロからデビューする3人組の女の子が一緒に富山に来てるんです。呼びましょう」といい、現れたのがキャンディーズでした。
 正式デビュー前ですから、もちろん知りません。「ランです、スーです、ミキです」と言うから「伊藤です」と言ったら、「私も伊藤です」とランちゃん!続いて「お兄さんみたい!」と、ランちゃん。
 ただ、それだけなのですが、その後の快進撃があっただけに鮮明な思い出なのです。
 3人とも私の8歳下ですから、本当に妹のような気がしていました。
 あんなに長く喋ったら、それは苦しくなるよ!肺機能も低下しているだろうに、よく頑張ってあれだけの言葉を残したねえ!やはり、女優さんでしたね!
 天国でうちの女房や、私のお袋にあったら、歌を聞かせてやってくださいね。
 さよなら、スーちゃん。

女子ジャンプ、五輪へ!

2011年04月23日

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 4月5日以来のブログです。
 東日本大震災での自粛に対抗して、旅まわりをしていました。
 東京、横浜、名古屋、大阪、奈良と、歩きました。会いたい人に会っておきたいと、思うようになってきました。これも、大震災の影響かもしれません。
 奈良では、私の本「試走者たちの金メダル」「もっとスポーツ北海道」の2冊を、音訳奉仕してくださった前田勝子さんを訪問。実は1998年の本の完成以後、まだお会いしていなかったのです。
 お詫びしてもしきれないほどの私の不明を、嫌な顔ひとつせず迎えてくださいました。前田さんのお力で、私の本は全国の盲学校や視力障害施設で、蔵書となっているのです。お会いできて本当に良かったと思いました。
 さて、きょう4月23日は、札幌地下歩行空間で女子ジャンプのアピールイベントと、東日本大震災の募金活動が行われました。
 葛西賀子選手から、ぜひ参加してくださいと案内を受け行ってきました。
 女子ジャンプは次期ソチ冬季五輪から正式種目に決定しました。男子ジャンプの選手層は極めて先細りですが、女子はじわりじわりと拡大しているのです。
 先日の世界選手権でも14歳高梨沙羅選手が6位、渡瀬あゆみ選手が7位、葛西賀子選手が12位、伊藤有希選手は15位と大健闘!ソチ五輪が楽しみです!
 写真は右から二人目が葛西賀子選手。
 実は葛西選手はミセスジャンパー!現在30歳という年齢は、なんと世界最年長ジャンパーなのです!聞けば、もちろんソチ五輪も狙いますとのこと!そのときは、33歳!
 驚くなかれ、日本には30歳女子ジャンプ最年長と、41歳男子ジャンプ最年長の岡部孝信という世界記録保持者がいるのです。
 それにしても、30歳と14歳って、もうちょっとで親子?
 いいじゃないですか、やれる環境があるというのも、日本の誇るべき長所です。
 がんばれ、日本女子ジャンプ!

想いは広く持たなければ!

2011年04月05日

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 写真は、道新紙面の被災地地図です。
 どの新聞も同じような地図が載っています。
 ところが、この地図には記載されていない千葉県浦安市では、液状化現象で大変な被害となっています。茨城県笠間市に10年前に移住した知人からは、笠間市も震度5強で有名な笠間焼きの窯元や販売所で高価な焼き物がほぼ全壊とのこと。
 東日本大震災で東北のスキー関係者の安否も心配でした。スキー関係は日本海側に居住していることが多いとも思っていましたが、ふと気がついて電話をしました。
 仙台に住むミズノスキーチーム時代の教え子です。
 旧姓生出芳枝、現久保田芳枝さん。ヨーロッパ遠征で腕を骨折し帰国。帰国直後の国体で片腕にギプスを巻いて出場し優勝しました。
 6年前、仙台での私の講演に「牛タンと笹かまぼこ」を持って来てくれたのです。
 「マンションの壁には亀裂が入り、家の中のものは全て壊れました。玄関から飛び出し、命だけは助かりました」
 私が言えたことは「そうかそうか、良かった良かった」の繰り返しだけでした。
 電話のあと、我に返り、昔のミズノスキーチームに呼びかけ、見舞金を送ろうと長野県野沢温泉村の古川年正氏に電話をしたのです。古川氏は現在全日本スキー連盟の強化本部長です。古川氏は快く賛同してくれました。
 電話を終えて一息ついてまた気がついたのです。
 野沢温泉も震度5強の地震に襲われていたのです。
 改めて電話をしてお見舞いを言いましたが、やはりペンション内の食器は全滅。でも彼は「龍治さん、野沢は大丈夫!やりくりして営業はできるから」と、明るく言うのです。
 そこで私は提案しました。
 野沢温泉村でナショナルチームアルペン同窓会をやろうと。老いも若きも、野沢が一番静かな(暇な)時期に計画します。日本一のスキー村の復興に少しでも応援できればと思うのです。
 あわせて、全日本の強化本部長、理事さんに提案しました。2012年は1972年札幌冬季五輪から40年です。来年は札幌で40周年記念札幌冬季五輪同窓会です。
 東日本、そこには千葉県も栃木県も茨城県も、そして長野県北部地震へも想いを広く持つ必要があるのです。
 この先、ながく、ながく!

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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