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ジュニアジャンプの一日!

2011年01月29日

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 第34回ミズノ杯ジュニアジャンプ競技大会 兼 第35回全道スポーツ少年団ジャンプ大会が、札幌市荒井山シャンツエで行われました。
 実はこのミズノ杯は34年前、私がミズノ時代に企画書を書いて始めた大会なのです。日本のスキーを盛んにするためには、ジュニアの強化が絶対に必要で、そのためにはジュニアにチャンスを与える競技会が必要だ、と書いた記憶があります。
 その大会を開く力を持っているのは札幌スキー連盟。そしてジャンプ・アルペン・クロスカントリー、3つの競技会が必要だと考えたのです。
 大会は続き、きょうはジャンプの34回目の競技会でした。
 きょうは工一札幌スキー連盟専務理事に声をかけていただき、伊藤義郎札幌スキー連盟会長にお供してケーブルカーで荒井山山頂へ。しばし周辺の景色を眺めながらスキー場談義。競技が始まってからは、ジャンプ私設応援団として知られている、札幌ノイズチームの立野氏に誘われて応援太鼓を担当しました。きょうの応援団は立野氏と二人です(笑)
 参加選手は小学校4年以下16名、5・6年生17名・中学生23名でした。これが全道規模ということです。地域は、札幌・余市・岩見沢・上川・下川・小樽・名寄・北広島・江別・石狩・由仁。小樽の復活は嬉しいニュースです。それと、女子が増えています。将来的には、ジャンプは女子という時代が来るのかも?
 それにしても、札幌スキー連盟は年々平均年齢が高まり、見るからに大変そうなのですが!?運営はワールドカップ並の凄さ!です。たいしたもんだわ!
 雪の上の半日は、「雪上ドラムセッション」に明け暮れた?楽しい一日でした。

指導者の思い

2011年01月28日

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きょうの北海道新聞朝刊15面に、サッポロファクトリーでの「別海マルシェ」の案内がでました。1月28日~30日まで、別海町の特産品などがいただけるのです。
別海の森野志保さんは、どうしているかな?と、思い、別海マルシェにかけてメールを入れました。
その返信メールが届きました。
私はこのメールを見て、指導者の有るべき姿を改めて教えられました。北海道にはまだまだこういう指導者が沢山いるのです。
森野志保さんは、旧姓楠瀬志保さん。リレハンメル、長野両冬季五輪日本代表です。
ワールドカップでは7勝の名選手です。そして別海白鳥スケート少年団の出身で、別海町初の五輪代表です。今は、結婚して3児の母兼別海町教育委員会の職員として、町のスポーツ指導員です。
私の心が震えたメールです。独り占めはもったいない!
「いつも別海をありがとうございます! サッポロファクトリー是非ともお願いいたします。そしてまたアドバイスをお願いします。
私は今、長野です。全国中学が明日開会式です。白鳥少年団からは7名の代表を勝ち取った選手と、3年生で唯一取れなかった子も連れてきていて、8名で長野入りしました。
1年生から来ている2名は表彰台を狙います。(戸田、酒井)
2回目の者2名は入賞を! そのほかは、今年初めて切符を手にしたのですが、本当に強くなっていて、入賞を狙っています!
昨年まで無名だった子たちが、3年生のいま、ようやく切符をつかんで、トップ選手並に速いラップを刻む姿を見たら、継続は力なりを証明してくれているなと感謝したい気持ちです。
私、中学校が3年間だという意味が分ったというか、心も体も成長のスピードは違うけれど、ちゃんとやることをやってきたなら中学校3年間で勝負できるところまで到達するんだなあ~と感じています。
今朝のMウエーブ初滑りでは、お願いしますの挨拶の後に、せ~の!って掛け声で、揃って氷を踏んでニッコニコ! この感動はどこのチームにも負けていません。
チームワークも最高です。
あと少しの付き合いだと思うと、なんか本当に胸がいっぱいになります。道新見ていてください。その前に長野へ龍治さんパワーを是非届けてください」。

昨年12月に帯広ワールドカップでお会いした時は、別海の丘リンクでは氷の張る時期が年々遅くなり、練習が不足なのだと悩んでいました。そういうハンディを乗り越えて7名+1名の計8名を引き連れて、、、一人だけ残さずに連れてきたとは、さすが、立派、偉い!!
別海で生まれ、育ち、そして五輪代表になり、引退、結婚、就職、出産、育児、そして今地元の子どもたちの指導者です。また、道新釧路版ではスポーツコラムニストとしても健筆を奮っています。
すごいなあ、、、と私は尊敬しています。そして私にとっては、スケート界への道案内をしてくれている先生でもあるのです。
先生、頑張ってください。私は明日、札幌でジュニアジャンプ大会を取材します。
道新、見ていますよ。がんばれ別海! がんばれ北海道!

興奮して寝れません!

2011年01月26日

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 冬のソナタが日韓の関係を劇的に改善してから、どのくらい経っただろうか?
 きょう、韓流ファンはどちらを応援したのだろうか?
 チェ・ジウさんは、そりゃ韓国を応援したんだろうな?
 過去の日韓戦は、お茶漬けパワーvsキムチパワーの戦いとも云われ、そりゃキムチの方が威力はあるよなあと、いつも諦めに似た思いを感じていたものだ。
 しかし今日のアジア杯準決勝、日韓戦は一味違ったというか、正確には一味加わったのだろうなあ!
 つまり、お茶漬けプラスパスタパワーvsキムチパワーの戦いになったのです。その結果、延長戦の後のPK戦で韓国を倒したのです。パスタパワーを持ち込んだのは、写真の通りザッケローニ監督です。持ってるんだわ、この人!
 PK戦最後のキッカーは、昔コンサドーレの今野選手!凄い真面目な顔してたもね!
 ワールドカップから帰国した時の空港での「あつまれ~」パフォーマンスの時の顔とは大違いでした。
 それにしても面白かった!日韓両チームに感謝です。
 興奮度が強すぎて寝れません!
 ありゃ、オーストラリアvsウズベキスタン戦が始まりました。
 見るの?寝るの? 参ったなあ!

これこそ、冬の北海道

2011年01月23日

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 1月22日、土曜日は、昼はスキージャンプ・夜はバスケットボールのダブルヘッダー! 2部興行です!
 考えてみれば、これぞ北海道!
 抜けるような青空、輝くばかりの新雪、屋外スポーツの醍醐味のジャンプの後は、寒さ知らずの体育館スポーツのバスケットボールです。
 ジャンプは北海道の「国技」、そしてバスケットボールも実は北海道の「準国技」なのです。近くは、札幌山の手高校女子バスケットボール部の高校3冠獲得。高校男子でも東海大四高校が全国で活躍しました。そんな北海道にプロバスケットボールチームが誕生したのです。
 そのレラ・カムイが混乱のなかJBLから除名。
 新生チームは、「北海道バスケットボールクラブ」。その新しい船出は、選手層の薄さもあり、試合後半からは防戦一方で結果東芝に73vs89で敗戦。しかしながら今日23日は83vs73で新生チーム初勝利!北海道のバスケットボール熱を消さないために奮闘しています。
 東芝の選手は社員選手、ユニフォームには「REGUZA]の商標、北海道チームは元のチーム名を「北海道」ワッペンで隠して戦う「無印優良品」です。決して「不良品」ではありません。
 バスケットボールは、小学校から経験する学校スポーツで誰もが経験するため、ある意味では「郷愁スポーツ」なのです。だから、北海道からバスケットボールの火を消してはいけないのです。
 スポンサーの出現を祈りますが、同時に道民挙げての広く浅くの支援も必要ではないでしょうか?

ありがとう、駒大岩見沢高野球部諸君

2011年01月16日

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 1月12日、私の母の前夜式の会場で、いい汗いい話を聞きました。
 私の姪は岩見沢で訪問介護士をしています。今年の岩見沢は例年にも増しての大豪雪!
 姪は岩見沢市内だけではなく周辺の町などにも行くそうですが、12日は駒大岩見沢高の近くの家を訪問したのだそうです。そこで車が雪に埋まってしまったのです。困り果てていた時に現れたのが、駒大岩見沢高野球部の球児たち。
 特筆すべきはそのチームワーク!
 リーダーの指揮の見事さ!こう言ったそうです。「近い車をいきなり停めるなよ、スリップするからな。遠い車に合図して停まってもらうんだぞ」
 埋まった姪の車は、駒岩球児たちの手で軽々と脱出できたそうです。姪はいつも駒岩高の近くに行っていますので「訪問介護のおばさん」と、認識されているそうですが、この助力がなければ姪にとってのお祖母ちゃんの前夜式(お通夜)には行けなかったのです。
 私の母は98歳の天寿をまっとうしました。
 駒大岩見沢高野球部諸君、母からも私からも感謝いたします。本当にありがとうございます。聞けば、駒岩高球児たちは、岩見沢市内の一人暮らしの方々の除雪奉仕にも熱心に取り組んでいるそうです。駒大岩見沢高校教育にも感謝です。

雪印メグミルク杯ジャンプに思うこと

2011年01月05日

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 第52回雪印メグミルク杯全日本ジャンプ大会は、1月2日公式練習・1月3日が本大会です。したがって、私の仕事始めは2日! お正月もあったものではありません(笑) 
 しかしながら、ジャンプ界ではこの大会が「新年交礼会」!(笑) 実は幸せな大会なのです。
 写真は、人垣中央に雪印広報の西方仁也さん。ジャンプ少年団を招待しての応援指導と、観戦解説によるジャンプ指導です。西方さんは、元五輪銀メダリスト。熱心にいい仕事をしています。
 特筆すべきは、少年組の参加者です。
 21名中10名が下川商業高校です。部員は11名ですが1名は怪我で不参加。他は、小樽北照高が2名・余市紅志高が2名・東海大第四高が1名・札幌日大高が3名・新潟新井高が2名・福島猪苗代高1名です。
 いえる事は、ジャンプ選手は今や絶滅危惧種的存在なのです!
 その中での希望の光は、下川町の取り組みです。実は沖縄や本州からのジャンプ留学生もいるのです。町の「国技」がスキージャンプ!ジャンプを通しての町おこしに、町民や町役場が必死なのです。
 指導者には町出身の元全日本選手を、教育委員会が雇用し、彼を中心に少年団OBが指導チームを作っているのです。
 スポーツを支援する企業があること。その企業に選手経験のある熱心な社員がいること。スポーツで町おこしをする熱心な人々がいること。
 歴史と伝統ある雪印メグミルク杯は、北海道にヒントも教えてくれるのです。

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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