« 2010年02月 | メイン | 2010年04月 »

なんも!なんもさ!なんもだって!

2010年03月28日

100327_1057~01.jpg
 戦士たちも、千葉の風には適わないんだべか!
 最後の最後に追いつかれたり、逆転されたり、サヨナラされたり、、、
 まあ、始まってすぐなんだから、たいして心配でもないけどさ、、、
 せっかく東京だから、いいニュースでも届けたいと思ってたんだけど、、、
 なんも!なんもさ!なんもだって!なんもよ!
 まあ、上野公園の入り口のところにある、しだれ桜でも見て頂戴な!

パラリンピック、花満開!

2010年03月24日

100217_1413~01.jpg
 パラリンピック日本選手団は、花満開の成果をあげて大会を終了しました。
 見事!の一言です。
 網走出身の狩野君、凄いです。ご両親も大喜びでしたね。日本国民に希望を与えました。
 アイススレッジ全日本チームの銀メダルも凄いです。泣けましたね。
 何度も絶望を経験しながら、復活への道を歩んだ見事なアスリートたちです。
 
 連休は歌志内でのスキー一泊旅行でしたが、爆弾低気圧にやられ中止になりました。
 中年男性4名で一泊の合宿体験会でしたが、あの風ではリフトは止まるは、途中の道も心配だはで、諦めました。だべりんぐ?用の食料や飲料も積み込んだのですが、相手は爆弾低気圧でしたからね。
 パラリンピック選手団が帰国しました。花満開!ベコニアの花を贈りましょう!

人生を学べる大会

2010年03月15日

100315_1551~01.jpg
 パラリンピックが始まった。
 単純に、ひとつの競技会と見ても内容は凄いものだ。もうひとつの見方もある。かれらはかれら自身がアスリートとして鍛錬しながら、医学・薬学の進歩に貢献している。
 さらには、義足や義手などの装具の面でもその進歩に貢献している。
 もうひとつ、私なりに考えていることは、パラリンピックに集うアスリートたちは、数え切れないほどの自殺願望と戦ってきた人たちだということだ。
 私は、社会人1年目の冬、恵庭岳滑降コースで大転倒をして、左足首の機能をほぼ失った。古里、札幌での五輪選手を目指していた、全日本選手権の最中だった。
 入院中、しきりに思ったのは、精神を集中して気力を奮い立たせば、いきなり走れるのではないか?あるいは、病室の窓にむかってダッシュして、窓を蹴破り空中を飛べるのではないか?ということだった。いきなり、選手生命は終りということを認めたくないのだ。自分はまだ出来る、だからそれを実証してやる、だから見ていろ、、、。
 はっきりと自殺を考えていたのか、どうかは分らなかったけれど、スポーツ心理学の先生からは、空に飛び出したいというのは、そのものだと言われたものだ。
 バンクーバーに集うアスリートたちは、おそらく100回は自殺を考えたことがあるだろう。そこを超えていま、競技が始まっている。
 単純に競技会と見るも、人生の応援会と見るも、教科書、参考書と見るも自由だ。
 できれば、親子・教師と生徒で見て欲しい。
 そこには「なにか」が、あると信じている。

アスリートからの贈り物

2010年03月08日

100308_1944~01.jpg
 バンクーバー冬季五輪が終わったと思ったら、Jリーグが始まり、来週からはプロ野球も開幕する。
 でも、日本ジャンプチームは欧州W杯に遠征中で、フリースタイルスキーは猪苗代でW杯が行われ、植村選手が優勝。
 札幌では宮様大会が行われ、昨日のジャンプでは男子優勝東輝選手・女子優勝は葛西賀子選手と、日本空調サービスのアベック優勝となりました。お見事!
 私は道新と組んで、「道新さとほろ会ジャンプ観戦会」のナビゲーター。
 バスの中や大倉山の観覧室、リフトで登った山頂や屋外の観覧場所でのジャンプ観戦の手引きのご案内。さとほろ会とは、札幌に支店や支社を持つ企業の代表の方々の集まりで、北海道の文化を知っていただくための観戦会でした。
 西方仁也君や山田いずみさんの協力もいただき、和やかに楽しく終えることができました。札幌スキー連盟の皆様、本当にありがとうございました。
 そして、一息ついた今日、これが届きました。
 バンクーバー冬季五輪全日本リュージュチームからの写真とステッカー、バンクーバーのリュージュバッジです。これは、嬉しいなあ!何よりのプレゼントです。
 昔、私が全日本のアルペンコーチ時代、遠征先からは必ず絵葉書に寄せ書きしてスポンサーやお世話になった方々に近況報告をしたものでした。選手にはそう教育しました。だから、このリュージュチームの心遣いは嬉しいのです。
 敗戦もあり、無念も失意も有っただけに、この心遣いで私たちはほっとするのです。
 敗戦、無念、失意、悲嘆からでも、人の心をうつ「アスリートからの贈り物」は、輝くのです。

美帆リンピック

2010年03月01日

100301_2006~01.jpg
 美帆に始まり、美帆で終わったバンクーバー五輪でした。
 出て最下位、最後は出番はなくても胸には3個の銀メダル!
 「ソチ五輪では、自分がやってやるぞ」との思いがふくらんだそうです。
 チームパシュートは凄い競技でした。金メダルのドイツの準決勝は、3人目の選手が酸欠状態で転倒、そのままゴールに入り辛くも勝ち上がりました。これほどの過酷なレースを日本は戦ったのです。見事な銀メダルでした。
 団長は「死んでこい」といったそうです。
 メダルはすべてスケート種目です。スキーはどうしたのでしょうか?
 五輪開催は4年ごと。昨年の世界選手権では、複合団体が金メダル、女子モーグルの上村選手も金メダル。つまり、サイクルが微妙に違ってくる場合もあるのです。
 それ以上に、韓国・中国の躍進はすさまじいものがあります。すでに日本はアジアの盟主ではありません。今後の対策が必要です。
 スキー界にも美帆効果が必要です。

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

ブログ内検索

カテゴリー

最近のエントリー

コメント




トラックバック

バックナンバー