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バンクーバーは諦めた!狙うは、ソチ!

2010年01月29日

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 「ソチは、そちの番じゃ!」 リュージュの神様の声が聞こえたのです!
 リュージュ選手は、体重が命! 重いほうがスピードアップできるんです。となれば、95kgの私じゃないですか。
 バンクーバーの次のソチ冬季五輪での金メダルを目指して、藤野リュージュ競技場に行ってきました。
 今日、29日は、やがて私のライバルになるであろう藤の沢小学校の3年・4年生による「オリンピックをちょこっと体験・リュージュ体験会」が行われました。
 藤の沢小学校の先輩には、五輪リュージュ選手が何人もいるのです。
 ヘルメットをつけ、ひじあてをつけて、3~4年生が挑戦しました。
 「おっかないなあ」「先生、死なないかい?」
 「死なない、死なない、大丈夫、生きて帰れるって」
 さっちゃん、がんばれー、よっちゃん、いけー、と叫んでいた子どもたちも、いざ自分の番が来ると顔は真剣そのもの!
 全員が滑り終わると、先生がポケットから飴玉を取り出したのです。そうすると、子どもたちは親鳥からえさをもらう雛鳥のごとく口を開けるのです。そこに先生は飴玉を入れてやるのでした。いい先生だなあ~!
 そしていよいよ、先生・保護者とわたしの体験会。
 指導者は、札幌五輪リュージュ女子5位の「りんごちゃん」旧姓大高優子さんと、その娘さん。いずれも五輪代表です。
 足を伸ばして、頭を下げて、その状態であごを引いて前を見るのです、とコーチ。
 すいません、腹がじゃまで前が見えません、と私。
 笑う間もなく、はい、スタート!
 200mを19秒149。
 体感スピードは、間違いなく100kh! ゴールに着いて聞けば、30khぐらいでしょうとのこと。いやあ、凄いもんだな~、オリンピックは130kh~140khだと! バンクーバーはもっと速くて150khだと!
 4年後のソチ五輪では、私は66歳。代表入りは厳しいか?
 へとへとになった、きょうの私でした。
 リュージュの五輪代表は、偉い!
 皆様も、ぜひリュージュ体験を!無茶苦茶、おもろいよ! 

バンクーバー五輪 がんばれ道産子

2010年01月27日

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 お知らせです。
 バンクーバー冬季五輪 応援番組「輝け!どさんこアスリート」に出演します。
 2月5日、金曜日、19:30~20:45 NHK北海道。
  ゲストは船木和喜氏、三宮恵理子氏、藤崎奈々子氏、そして私。

  当日はバンクーバー五輪開幕1週間前です。
  また、私の誕生日の1週間前でもあるのです!(笑)そうです、私の誕生日を
   なんと世界中が祝ってくれるのです!!(なんのこっちゃ?)
  すでにNHKには、道民のみなさまからの応援メッセージが早くも800通も
  届いているとか!!
  当日はそれらも紹介しながら番組が進行します。アナウンサーはバンクーバー
  にも行く、富坂和男アナ。富坂節、いいですよ~!
  なお、応援メッセージのお問い合わせは、011-232-4001
                     NHK札幌放送局です。
  ご期待ください。       

意地の勝利 を分析する

2010年01月24日

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 23日のTVH杯ジャンプは、バンクーバー五輪代表落ちの湯本史寿が、代表全員を抑えて優勝です。
 同じ日、海外でも代表落ちのアルペン選手、湯浅直樹がヨーロッパカップ2連勝!
 私はかって全日本アルペンコーチ。ヨーロッパカップはワールドカップの一つ格下の試合ではありますが、ワールドカップが無い週には各国の一線級が出場することもあるほどのレベルです。まして2連勝とは、快挙そのものです。
 湯浅選手は、代表落ちの際は今季での引退もにおわせたそうですが、2連勝のあとは「W杯3連戦に向けて盛り上がってきた。今までの自分とは違う滑りを見せられると思う」と、語ったそうです。
 一般的には、代表落ちした二人が「意地を見せて、見返した」かたちですが、もちろんそういう心の動きもあったと思いますが、もうひとつ、時には本人たちも分らないほど、重圧から開放されたことによる筋肉のリラックス効果によることもあるのです。
 精神が開放されると、筋肉・関節がリラックスして、見違えるほどの動きにつながることがあるのです。これを「一皮剥けた」ともいいます。
 湯本君・湯浅君、経験した「一皮剥けた」状態を、伝えることも使命かもよ!
 使命を果たすうちに、次のビッグチャンスをものにできますよ!

勝利の秘訣はユーモアとウィット だべ!

2010年01月19日

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 写真は18日の道新、アルペンの皆川が五輪代表確実という報道です。
 私もTVでウェンゲンの滑りを見たけど、いやあ見てる方も緊張したよ!湯浅は後半、硬かったなあ! 皆川は力を出し切ったね。五輪では、W杯と違って1カ国の出場制限があるから、トリノ五輪の皆川4位・湯浅7位並の成績も期待されるね。佐々木が落ち着いて勝負すれば、の話つきだけどね!
 それにしても、五輪前に結婚するなよなあ!どうしたって夫婦揃って出て欲しくなるでしょ!旦那が出れなくちゃ、上村愛ちゃんだって意気消沈するかも?ね。
 ただ今度は夫婦揃って出れば出たで、成績悪ければ心配だしなあ~
 まあ、見るほうはこういう場合は、勝手にすれば、ぐらいがちょうどいいかもね。
 日本選手団結団式、やっぱり、大舞台は「ユーモアとウィット」だべ!
 岡部主将 宣誓は100回以上、練習した。ここ数日はジャンプどころではなかった。これで、ジャンプに集中できる。直前の札幌W杯、リフトに乗りながらでも練習してたんだべな。なまら、まぶい宣誓だった!
 岡崎旗手 次は団長を目指します。38歳の旗手ならではのウィットあふれるユーモア大賞だべ!
 岡野俊一郎IOC委員(元日本サッカー協会会長)
 15歳スーパー中学生、高木美帆ちゃんに、なでしこジャパンのユニフォームをプレゼント! いいねえ、最高のユーモア。さすが岡野さん。
 高木美帆 浅田真央ちゃんとのご対面で、「やっぱり可愛い!」
 反対だべ!可愛いのは、おめだべや!
 ケミストリーと壇上で握手。ヒップホップダンサーの面目躍如!
 結団式の主役だったと。

 日本国の首相も来場して、「日本すべての国民があなたを見つめています」と。
 それは、あなたのことでしょう、なんちゃって!
 はっきりしていることは、単なる永年勤続で主将、旗手が決まった訳ではなく、単に若くて期待できるから中学生が代表になった訳でもなく、経済的に困窮している連盟や選手でも自力で勝ちあがって代表権を取ったということ。
 金では代表権を買えないのです。そこにスポーツや五輪の崇高な輝きがあるのです。

跳べ!選手団主将

2010年01月14日

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 昨年11月の宮の森ジャンプ場。雪印スキー部の練習風景です。
 跳んでいるのは、雪印主将 岡部孝信選手。
 きょう、2010年1月14日、バンクーバー冬季五輪日本選手団主将に岡部孝信選手、旗手に岡崎朋美選手が発表されました。主将39歳、旗手38歳、合わせて77歳!いいじゃないですか、二人とも生き様そのものでチームを引っ張れる英才です。
 しかしよく復活してくれました。岡部選手を治療し、トレーニングし、徹底的にリラックスさせたのは、雪印チーム契約トレーナー吉泉英樹氏。岡部選手は、一番和めるものは?と言う質問に、吉泉トレーナーのマッサージと答えているのです。
 体を吉泉トレーナーが、技術を斉藤浩哉監督が、心を原田雅彦コーチが支えたその成果に違いありません。
 さあ、岡部主将、舞台はどこであっても「信念あるのみ」ですね。

いつか来た道

2010年01月11日

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 写真は、双子山山頂から見た景色です。
 正面に荒井山ジャンプ場。はるかに見えるのは手稲山です。
 中学時代は何度となくこの景色を見ながら、荒井山の右手に見える岩肌の露出した三角山に通ったものでした。三角山が中体連スキー大会の会場であり、道新杯少年スキー大会の会場だったのです。私の初優勝は、道新杯少年スキー大会でした。
 今年は、荒井山の向こう側にある大倉山に通っています。
 39歳の魂のジャンパー、岡部孝信選手の戦いを見るために。
 その結果は13日に発表されます。
 結果はともかく、戦いは確かに魂のこもった、心に響くものでした。

新春は雪印杯から

2010年01月03日

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 毎年、お正月恒例の雪印杯全日本ジャンプ大会も、今年は第51回目です。
 朝一番の宮の森ジャンプ場、ランニング中の岡部孝信選手と新年のご挨拶。私は握手して「信念あるのみ」と言いました。彼も「はい、信念あるのみです」と、応えてくれました。
 五輪に出れるか、出れないかを一喜一憂するのではなく、競技者岡部・ジャンプ職人岡部・ジャンプ仕事人岡部・プロジャンパー岡部の持つ信念を追求する姿勢は、十分に伝わってきました。今回は3位でしたが、8日からの4連戦には間違いなく岡部の信念の強さが見られるでしょう。
 51回雪印杯は、渡瀬家の春!
 女子組優勝が渡瀬あゆみ・青年組優勝は渡瀬雄太。2歳違いの兄と妹です。
 まして雄太は所属が雪印、ですから自社冠大会での優勝です。これは雪印所属の選手が一度は勝ちたい大会なのです。二人の父、渡瀬弥太郎も雪印所属のジャンパーでしたが、4位が最高成績です。ですから、雄太は今日父を超えました。
 あゆみも母に似た!美しさに恵まれて、日本のエースに成長しました。
 今日の札幌は、好天無風!大観衆です!自社大会のイベントを仕切ったのは、名広報の西方仁也リレハンメル五輪銀メダリスト。
 私にとっても新年交礼会。皆様にご挨拶できて良かったです。

まずは、歩くことから!

2010年01月01日

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 写真は、家のすぐ裏の界川神社です。
 思い立って初詣は、裏の神社にしました。小学校時代は、界川神社のお祭り恒例の相撲大会ではよく優勝して、ノートや鉛筆をもらったものでした。
 元日は初詣のあと、旭山公園一周ウオーキング。
 昔は、旭山などとは言わず、温泉山と言っていたのです。旭丘高校のスキー授業はこの温泉山でした。校内スキー大会の会場も温泉山。南円山町内会誌によると、温泉は定山渓からパイプで運んでいたのだそうです。温泉施設があったので、温泉山と言われたそうです。
 雪の雪原、雪の小道を歩くのは、爽快です。足は少し不自由ですが、歩く練習をしなければと思い立ち、やっています。
 大晦日に、ジミー竹内がブログで「シンデレラストーリー」を書いていましたが、幕別・北海道を視点にした名文です。お見事!
 スーパー中学生、スピードスケート五輪代表、高木美帆選手は、長野五輪代表だった島崎京子さんの教え子の一人。島崎さんといえば、孤高の勝負師、なにやら受け継がれているものがあるような気がします。
 成功の要件は、天の時・地の利・人の和とも言いますが、高木選手は「爆発的成長の一週間」が選考会に当たり、地の利で言うならば今季帯広に室内スケートリンクが完成したことがとてつもなく大きいことです。雪が降ろうが、風が吹こうが常に練習ができるのですから。人の和でいうならば、純朴さがいいのでしょうね。と、同時に、スピードスケート界が道産子主体だということが、良かったのだと思います。先輩たちは、道産子養成システムの産物だと、高木選手を見てくれているからです。
 雪原を歩きながら、そんなことを考えた元日でした。

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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