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戦いはまもなく!

2009年10月28日

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 日本一をかけた戦いは三日後に!
 第1戦のゲストが野村監督だの、第2戦のゲストと解説が新庄と清原だのと、騒がしくなってきました。
 明日、明後日は札幌にも雪の予報が、、、凄いねえ、こんな時期に札幌で日本シリーズですよ!
 昨日はちょっと気も早く、シカさんが2頭揃って観戦に?やってきました。
 凄いねえ、195万人都市ですよ、札幌は!おまけに、市内を走りまわり、豊平川を苦も無く渡り、挙句は行方不明!藻岩山か定山渓方面に逃走したのだろうとのこと。
 巨人ナインが知ったら驚くだろうなあ!
 道新の記事がまた哀れを誘うんだよなあ!
 道自然環境課でエゾシカ担当の宮津さんのことば。
 「シカは一夫多妻で、繁殖がピークの10月、あぶれた雄が好奇心から雌を探しに市街地まで来たのかも」
 そうか、そうだったのか。お前たちは独り者だったのか!わかるなあ、その気持ちは!札幌ドームに来たのではなかったのか!まさか、ススキノに?
 シカも走る北の都で、さあ大巨人を迎え撃つのだ!
 応援するシカないぞ!

 写真は黄葉の円山をバックに紅葉したななかまど。
 ななかまどの葉が落ちて、初雪が来ると白い雪に赤い実が絶妙の美しさを見せるのです。

スポーツ文化の誕生に花束を

2009年10月24日

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 試合終了後に奇跡が起きた。
 奇跡の前触れは、確かに昨日の楽天田中将大投手の奮戦にあった。北海道に奇跡の勝利を持ち帰った高校生からまだ3年の若者が、北海道と名づけられたプロ野球チームを相手に勝利したのだ。
 北海道の野球ファンなら知っていただろう。今日は北海道に生まれた才能ある二人がまた北海道日本ハムファイターズを相手に奮戦した。一人は奥尻が生んだ北海道の英雄、佐藤義則楽天投手コーチ。もう一人は鬼気迫る投球でファイターズに立ち向かった楽天青山浩二投手だ。
 佐藤コーチは函館有斗高出、青山投手は函館工業高出。佐藤コーチは日ハム投手陣の土台を築いた名コーチでもある。高校2年の青山投手を円山球場で見た時は、必ずプロで活躍すると確信したものだ。
 青山が奮闘し最後には岩隈が登板した。おそらく自らが望んだ登板だったのだろう。
 勝敗は必然。日ハムはつなぐ野球ができた。
 しかしながら、第1戦の逆転満塁サヨナラホームランが出なければ、勝敗は違ったものになったかもしれない。
 文化は勝敗を超えた。
 74歳老将、野球界に多大な貢献を果たした敗軍の将に対し、敵地での感謝の胴上げに躊躇する楽天ナインに稲葉が駆け寄った。二言、三言声をかけ、音頭を取って野村監督の胴上げを始めたのだ。楽天、日ハムの別なく胴上げが共同作業として行われた。胴上げのあと、楽天の精神的支柱選手である山崎が帽子をとって稲葉に礼をいい、両軍選手が抱き合い握手を交わしたのだ。それを見て4万3千人のファンが拍手を送った。
 梨田監督が野村監督に駆け寄り、八木投手は岩隈投手に駆け寄って言葉をかけた。
 スポーツで競い合う相手は常に「友」なのだ。「敵」ではない。
 この奇跡的な光景を生んだのは札幌ドームだ。外気温は13度。ドームでなければ観戦は無理だろう。まして4万3千人が集うことさえ考えられない。奇跡を生み出したのは、ドームに集まった観戦者、TVを見ていたファン、東北の友だち、
 すばらしい試合だった。
 ベンチに引き上げるダルビッシュの背を梨田監督が優しく触れ、声をかけた。
 「今日までの勝利は君が繋いでくれたお陰だよ」
 ただひとり蚊帳の外のような孤独感は、投げられない投手にはあるものだ。そこにも手当てする梨田監督の気配りもまた見事なものだった。
 スポーツ文化といえるものが、また誕生した。

最後の花一輪

2009年10月23日

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 写真は、今季最後の花一輪をつけた朝顔です。
 この寒空に、まるで最後の砦かのように、健気に花をつけました。本当に田中将大投手のように、、、。
 マー君、やりました。野村監督の首をつなげました。
 独断と偏見でいうならば、日ハムファンもこの今日の結果を望んでいたと思います。なにせ、相手はわが北海道に野球の興奮をもたらしてくれた駒大苫小牧高出身のマー君なのです。今日の札幌ドームや北海道には、日ハムファン、楽天ファンとマー君ファンがいたのです。そのほとんどがマー君の勝利を望んでいたに違いありません。その結果が楽天の勝ちだとしてもです。
 20歳そこそこの投手が奮闘して、恩師である74歳の監督の最後の一日を先送りするなどとは、敵ながらあっぱれと言わずしてなにをかいわんやです。
 かく言う私も朝に健気な朝顔を見つけ、とっさにマー君を思い出したのです。
 きょうは心で頑張れ、マー君と応援したのでした。

迎え撃つは「のむら」

2009年10月20日

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 しばらくのご無沙汰でした。
 サッカーもバスケもジャンプもありました。取材もしましたが、やはり今回は「のむら」対策でしょう!
 仙台から「のむら」がやってきます!東北楽天とか名乗っておりますが、実は「のむら」です。かといって証券会社ではありません。
 ボヤキののむさん、野村マジックを駆使する74歳の大監督野村克也、その人です。
 ソフトバンクとのCS第1ステージを連勝し、実戦感覚そのままでの登場です。日ハムは間が空きすぎです。どんな選手でも実戦から遠ざかると感覚が狂います。過去、幾多の例がそれを証明しています。
 野村語録は強烈です。「私は解雇を言い渡されました。かくなるうえは、日本一になってファンの皆様へ恩返ししたいと強く強く胸に刻んでおります」ですよ!
 ファンの野村支持率85%という背景のもとでの発言ですから、強気そのものです。
 ここにきてリンデンの首脳陣批判への謝罪を受け入れ、攻撃陣も層を厚くし、なんと言っても投手陣は10勝以上が3人です。永井、岩隈、田中の順に来るそうです。こちらはダルビッシュ不在。第1戦を取られたら、いくら1勝分もらっていると言っても
圧倒的に楽天有利に事が運ぶじゃないですか。
 日ハムはどうすればいいでしょうか?
 野村マジックの種を知っている選手が頑張ることです。稲葉、藤井はヤクルト時代、武田勝はシダックス時代に種を知っています。それ以上に大事なのは、マジックってなあに?というほどの天然キャラの選手の頑張りでしょう。これこそ、糸井・森本です。
投手陣では、海での防波堤・豊平川では堤防の役目をするのは江尻です。江尻のけんか投法はマジックなど寄せ付けません。
 打者はスレッジです。いつもより大きな声援が必要です。応援されていると思うと頑張ります。まして頑張れなければ来季があるかどうか?というのが助っ人の宿命ですからね!
 まあ、仙台からも3000人ぐらいは来るとは思いますから、40000人パワーで応援してください。CSとか日本シリーズとかは、プロ選手が高校野球球児に立ち返る試合なのです。そこで頑張れるのは郷土の応援なのです。
 いくら苦戦させられたからと言って、最後は大声援で野村監督を送り出すのですよ。
 「野村監督、長い間の球界への貢献、ありがとうございました。これからは、奥様とお静かにお暮らしください」とね。

広島・長崎五輪への夢

2009年10月13日

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 体育の日に「世界的な夢の提唱」が行われました。
 世界で唯一の被爆国、日本の広島・長崎両市共催での2020年夏季五輪への挑戦です。確かにタイミングは絶妙です。広島・長崎が主導する世界平和市長会議は2020年までの核兵器廃絶を訴えていること。オバマ大統領が核なき世界の実現をアピールしたことでノーベル平和賞を受賞したこと。そもそも五輪は平和と友好のためのスポーツの祭典であること、だからです。
 本来、五輪大会の精神は紛争・戦争を停止してでも、参加するという平和・友好を前提とするものでしたし、究極の聖火リレーは紛争地・戦争地を縦断すべきものという判断すらあったほどなのです。そういう意味で言うならば、広島・長崎は世界的な平和訴求の地であることは間違いありません。
 ただ、五輪憲章では国ではなく一都市の立候補です。二都市、それも隣接するのではなく、遠隔地の二都市の共同開催となれば、IOC(国際オリンピック委員会)への提案前に大義への理念・理論構成が必要不可欠になるのです。また、それらを主導するのはどこが行うのか?広島・長崎両市か?JOC(日本オリンピック委員会)か?文部科学省か?厚生省か?実はここが日本の弱点なのです。スポーツ行政を統括するスポーツ庁のような組織が無いのです。現在でもオリンピックは文部科学省、パラリンピックは厚生労働省が主管なのです。98長野では、パラリンピック選手団にオリンピック選手団と同じユニフォームを着せるか着せないかで揉めた事すらあるのです。
 大義は世界に通じる。ならば、今後の理念・理論提案のためにはどういう部署やどういう人を集めるか?ここにかかってくるでしょう。

スポーツ文化の定着

2009年10月07日

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 北海道日本ハムファイターズ、パ・リーグ優勝おめでとう。
 弱そうで、強そうで、普通そうで、まあ楽天野村監督の言うところの「中の上」選手が、まとまって力を発揮したというのが一番当たっているのかもしれません。
 ただ、忘れてならないことは梨田監督のチーム編成力です。チーム内に競争意識を植え付けたのです。競争から生まれたものが恐怖の9番打者金子であり、新戦力糸井、一皮むけた鶴岡でした。小谷野もそうです。鳴り物入りで入団してきた中田に対し、まったく鳴り物が無かった小谷野にしてみれば、生活権の侵害ですからそれは必死になったと思います。
 重要なのはもうひとつ、競争心だけではチーム内がギスギスしてしまうのですが、日ハムにはそのギスギス感が無かったのです。その理由は、稲葉・金子・田中という球界屈指の「まじめプレーヤー」が居てくれたお陰です。若手は彼らを見て、あれだけやらなければ生き残れないのだと知るのです。これこそが勝因です。
 それにしても、北海道に野球文化が定着するとはねえ!
 球場内には、選手の親族?ご一統様方?のまあ多いこと!
 稲葉の守るライト後方には、稲葉家家紋組の皆様、別名「イナバリスト」いや、稲葉と時間を共有する人々だから「イナバ・アワー」続けて言えば「イナバウアー」!

ああ、幻の東京五輪!

2009年10月05日

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 私の予想は本命はシカゴ、対抗が東京でした。
 シカゴはオバマ大統領効果が絶大な力を持つと思ったからです。そのシカゴがあろうことか最下位! そしてすぐに東京も消滅!
 結果的には、リオ・デジャネイロが当選!まあ、南米初の五輪開催ですから決まった以上は祝福です。考えてみれば五輪マーク自体が5大陸を表すのですから、南米でやらなかったことがおかしいのです。それと、五輪を開催するだけの国力や治安の安定がようやく整ってきたということでしょう。まずは、おめでとうリオ!
 新聞各紙の解説の中で納得したのは、北海道新聞「アジア票も固められず・外交力の限界露呈」「国策強化 計画狂う」「スポーツ界 施設整備に遅れも」という記事でした。
 日本国内ならば笑って済ませられることも、海外でとなると通用しないことが多いのです。たとえば、「あへあへ」や「気合だ」というのは、IOC総会や五輪の競技会場ではまったく通用しないのです。不気味な日本人との認識になるのです。これが外交力の限界といわれることにもなるのです。
 写真は「幻の2016年東京五輪バッジ」です。撮影してもかすむというのは、腕が悪いのか、バッジ自体がかすみだしたのか?
 石の上にも三年、風雪五年 ともいうじゃないですか。国として、政府として、スポーツ庁を設立して、真剣にスポーツ総合政策を考える時期がきたということではないでしょうか?

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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