教育者たりえるスポーツマン

2013年05月05日

 長嶋茂雄氏と松井秀喜氏の国民栄誉賞授与式が行われた。
 長嶋茂雄氏と王貞治氏は、「巨人・大鵬・卵焼き」時代の巨人軍の誇るスーパースターだった。
 その長嶋氏は脳梗塞の後遺症との戦いの真っ最中で、王氏も癌との戦いを続けている。
 松井氏は巨人軍のスーパースターから米大リーグ、ニューヨークヤンキースの主軸選手として活躍。しかし左手首の骨折以降は両膝の故障などが連続、それらを越えてワールドシリーズMVP獲得など不屈の戦いを繰り広げた。
 きょうの国民栄誉賞授与式をみて、きわめて希なことだが「教育者足りえるスポーツマン」が存在するのだと思った。長嶋氏や王氏の不自由ながら戦う姿を見て、勇気をもらう国民がどれほどの数になることか。
 松井氏はインタビューのなかで、「ファンはチームが勝つことで喜んでくれる。自分が打てたからと言って、チームが負ければファンのために貢献したことにはならない」といい、「チームの勝利のために戦ってきたということだけは断言できる」といいました。考えてみれば、高校時代の「甲子園での5打席5敬遠」の時も、顔色一つ変えずに1塁へ歩いたものでした。
 きわめて希なことですが、スポーツマンで教育者に昇華される人たちを見れたと思いました。

ボールは変わるよ、再興だ!

2013年05月01日

 バレーボールのボールのルールが変更されると思います。
 まだ、決定ではありませんが、国際バレーボール連盟(FIVB)ルール委員会が低反発級の導入を検討し始めました。
 5月1日の道新16面にも紹介されていますが、女子は筋力差が世界とはそう大きくなく戦えていますが、男子は筋力差、身長差が歴然としていて苦戦の原因となっています。
 先日、日本男子バレーボールVプレミアリーグ、ファイナルステージが行われた豊田市で、日本バレーボール協会の森田淳悟強化事業本部長にお会いしましたが、ミュンヘン金メダル組の一員である196cmの森田氏の大きいこと!180cmの私が見上げる高さでした。あの時代に196cm平均であったということは、身長的、、体格的に少しも劣ってはいなかったということです。そこに一人時間差をはじめとする技術的優位性があったのですから、金メダルも獲得できたのです。
 しかし、現在は平均身長が207cmというチームが数々とあり、世界のアタッカーは215cmクラスがいるのです。
 こうした中、4年ほど前から提案してきましたが、男子バレーボールのボール改革がいよいよ検討されることになりそうです。女子バレーボールが人気なのは、ラリーが続きファンがハラハラドキドキゲームを楽しめるから。男子は、強烈なサーブで1点、スパイクで1点と、余りにも早く点が決まるのです。ラリーの醍醐味が無さすぎるのです。ついつい、ゲームが単調になり、なかには観戦中に居眠りする人まで出る始末。数年前にもこう書いたら、「バレーボールの面白さを知らないのか?居眠りするとはなにごとか?」と、叱られ!?ましたが、私が面白くないとか眠くなると言っているのではありません。あくまでも、バレーボール改革を訴えたのです。
 男女が世界的な立場に立った卓球も、その原因はボールの規格がラージボールに変わったからです。スモールボールの時は中国のスピードについていけませんでした。今はボールのスピードが落ちて戦えるようになり、ラリーも増えてファンが喜ぶようになったのです。
 ですから、男子バレーボールもぜひラージボールに変えるか、低反発級に変えることを検討してください。
 陸上男子100mには17歳の新鋭、桐生祥秀選手が出現、バレーボールのジュニアやユースにも原石はいるに違いありません。初の外国人監督であるゲーリー・サトウ氏の就任を機会にバレーボールの再興を考えましょう。いま、大阪では黒鷲旗全日本大会が行われています。男女決勝戦は5月6日昼12時からGAORA TVで放映されます。近いうちにTV放映がもっともっと増えるように応援しましょう。

招致委員会よ、驕るなかれ!

2013年04月29日

 東京五輪招致委員会会長の猪瀬直樹東京都知事がニューヨークタイムズのインタビューを受け、イスラム教国やトルコ国への非難中傷ともとれる発言をし、IOC(国際オリンピック委員会)から事実関係について確認を求められた。

 当初、知事は「真意が表されていない」と反論したが、ニューヨークタイムズは「インタビューは録音されている」と説明し、結局知事は「他都市に言及し、IOCルールに抵触する可能性が一部あったことを認め、謝罪」した。

 IOC憲章及び行動規範では、立候補都市は他の候補都市に対し、人種・宗教・政治・経済・国力・国民意識などに対し、批判、非難中傷などの行為を禁じている。ここが野放しになれば、非難中傷合戦となり戦争の危険性さえ生まれることは歴史が証明しているからだ。よってIOCは五輪立候補都市及び開催国へ「五輪教育」の徹底を求めるのだ。にも関わらず、9月の開催都市決定前4か月という段階での「IOCからの事実関係の確認要請」と「知事の謝罪」及び「東京招致委員会理事長名でのルール順守の約束」提出という事実は、開催都市決定に多大な影響を及ぼすだろう。しかも、それ以上に世界100人のIOC委員と世界のスポーツ界に悪影響を与えるのは、「日本にはスポーツ文化はあるのか?」という命題だ。

 日本は過去に東京五輪、札幌五輪、長野五輪を成功させた五輪開催国だ。ただ、それらは戦後の復興という国民の悲願のなかで成功を勝ち得たものだ。今回、2020年の招致にあたり、「大震災からの復興」の旗印は「それは自国の問題」とのIOCの指摘で外さざるを得ず、「開催理念」は明確ではなくなった。だから、知事発言は「イスラム初の五輪」という理念で先行するイスタンブール(トルコ)に対する焦りのあらわれだ。

 いま、世界が日本に寄せる視点は、「日本のスポーツ文化」だ。日本発祥の柔道での「女性蔑視、暴力的指導、順法精神の欠如」問題、そして今回の招致委会長発言は間違いなくスポーツ文化に反する行為だ。IOC自体に貴族主義があることは明白で、それは開催種目の決定方法をみれば分かる。しかし、いま東京招致委員会に求められることは、驕るなかれ、貴族主義に走るなかれということだ。日本は傲慢な国ではない。1964年東京五輪は「ようこそ」が合言葉で世界を迎えたのだ。今の日本は、世界の支援に「ありがとう」とこたえ、「もったいない」と生活し、世界が「ともだち」と表明すべきなのだ。

 傲慢な貴族主義での招致活動ならば、東京に勝ち目はない。

プロゴルファー崎山武志の旅立ち

2013年04月28日

 人間の旅立ちとは、いつのことを言うのだろうか?
 日本プロゴルフレギュラーツアー、つるやオープンではプロ宣言直後の大学生、松山英樹21歳がプロ初優勝。彼はアマ時代の2011年、三井住友VISA太平洋マスターズで優勝しているので、これで2勝目だ。
 初日、日本プロゴルフレギュラーツアー史上初のエージシュートを達成した尾崎将司プロは、最終的には2アンダー51位だったが、45歳年下のチャンピオンを祝福した。
 だから松山プロの旅立ちは、これ以上ないぐらいの見事なものだ。ただ、それは誰もが望むがほんの一握りのものだけの特権だ。
 日本にはプロゴルファーが3000人いるという。ツアープロは1000人、2000人はレッスンプロだという。1000人のツアープロのうち、シード選手という大会への参加権を勝ち取ったものは年間獲得賞金額60位以内の選手たちだ。この他に前年の同大会での上位入賞者などが参加権利を得るが、信じられないぐらいの狭き門なのだ。
 ツアー選手になっても、1シーズンの大会参加経費は、最低でも1500万円。交通費、宿泊費、参加料、キャディ費用、練習費用などが必要になる。つまり、1500万円を稼がないと続けられないのだ。
 たいていの場合は、年間費用を稼ぐことができずに、撤退することになる。
 メーカーなどの契約はトッププロに集中するから、メーカーなどとの契約金も当てにできない。

 昨年8月、北海道オープンで優勝した知人の崎山武志プロも、レギュラーツアーの常連ではなかった。出場できる試合はわずか、よほどゴルフに詳しい方でなければ名前も知られていない。
 昨夏、北海道オープンでの優勝も私は道新で知ったのだ。お祝いを伝えに昨秋の全日空オープンに出向き、久しぶりに会えたのだ。
 「来年から、50歳になりシニアオープンに出場できます。そこで頑張ります」
 北海道との縁は生まれて3歳までいた函館なのだが、苦労人だ。ゴルフは高校を出て務めたキャバレーの黒服時代にお客に教えられ始めたものだ。プロテスト合格は30歳、信じられないぐらいの遅咲きだ。
 試行錯誤の連続、人生に迷うこともあった。予選落ちが連続したことも多々あった。支えはただ「ゴルフが好き」ということだったのだろう。
 4月19~20日は、私はキロロでの「岡部哲也杯スラローム大会」へ。
 27日、そういえば今年のシニアツアーは始まったかな?と開いたネットの画面。
 国内シニアツアー開幕戦、金秀シニア沖縄オープンはシニアルーキー崎山武志が逆転優勝。シニアデビューで初優勝を飾った。その後の文字は目をこすりこすり、何度も読んだ。
 21歳で旅立つものもいる。
 50歳で旅立つものもいる。
 プロテスト合格から苦心惨憺の20年を越えて、いまようやくスタートしたシニアプロゴルファーがいる。
 何度目の旅立ちだろうか?七転八起、何度目でもいいのだろう。
 スポーツは時々、こういう旅立ちのドラマを見せてくれるから嬉しいのだ。
 やったね、50歳の新人選手!

やるなあ!ジャンボ尾崎

2013年04月25日

 ジャンボ尾崎、66歳、エージシュート達成!
 男子レギュラーツアーで史上初の快挙です。
 エージシュートとは、自分の年齢以下のスコアで1ラウンドをプレーすること。ゴルファーの夢です。
 つるやオープン、初日でジャンボ尾崎は、1イーグル、9バーディ、2ボギー、トータル9アンダー62でまわりました。
 一般的に、可能性としては60歳代後半でなければ無理と言われていますが、やはりジャンボ尾崎ですね!なんといっても同い年です。同じ学年です。
 これは嬉しいニュースです。
 数年前、80歳代のゴルファーとラウンドして、目の前でエージシュートを見させてもらいました。
 確か88歳で86のスコアでまわりました。見事で感動したものです。

FIS公認、岡部哲也杯スラローム

2013年04月22日

 4月19~21日、キロロリゾートで行われたのは、小樽が生んだ世界的スラローマー、岡部哲也氏を冠にしたスキー回転競技会です。
 前から一度取材したいと願っていたところに、またまた熱中スキー人からの誘いがあり、キロロへ!
 キロロは午前中は冬そのもの!午後からは春!
 岡部哲也選手がどのくらい凄い選手だったか?
 トンバやステンマルクが全盛だったころ、ワールドカップのスラロームで「1位と11位だけが無く、その他の順位のすべてをマーク」した、完全世界基準の名選手でした。
 岡部君の札幌での結婚式の司会を担当させていただいた縁もあり、およそ20年ぶりの再会は嬉しい限りでした。現在は軽井沢でスキースクールを運営し、スキーから離れていないだけに、48歳の今も現役の体、そして大会の特別前走も見事な滑りでした。
 さらに嬉しかったのは、スキー界の尊敬する先輩の木村仁さんに会えたこと!
 この人もまた71歳には見えません。体形が現役時代と変わりません。岡部哲也選手を3歳のときから指導した、名選手・名指導者です。1972年札幌五輪時は、アルペンチームのサービスマンとして一緒に仕事した仲間でもあります。
 27~29日は、キロロで今シーズンの最終戦、キロロカップが行われます。
 今回は、工藤氏、粟野氏にお世話になりました。ありがとうございました。
 それにしても、日本アルペンスキー界の伝説的至宝、岡部哲也氏は見事でした。

飲めませんバッジと黄色いリボン

2013年04月16日

  札幌医科大と医科大学生会が、新入生200人全員に「飲めませんバッジ」を配布した。
  あっぱれ!である。
  3月、4月は卒業、入学の季節、ともすれば、追い出しコンパ、新人歓迎会と酒を強要する危険性のある時期でもあるのだ。
  まして大学の新入生は3浪以上は別にして、ほとんどが未成年だ。近くも遠くも、過去に新人歓迎会で命を落とした事故は繰り返されている。
  「俺の酒を飲めないのか」と脅されても、にっこり笑って「はい、このバッジをご覧ください」とやればいいのだ。別に「このバッジが目に入らぬか」とは言う必要はない(笑い)
  私の大学での新人歓迎会は、45分でダウン!2日間、生死の境をさまよった。少しだけ体が丈夫で助かったが、あの苦しさはまだ覚えている。その日まで酒を飲んだことはなかった。

  「飲めませんバッジ」が広く世間に認知されてほしい。
  酒を飲めないことは、何の恥ではない。体質的に受け付けないのだ。私などは、何処へ行っても「北国生まれ・体がでかい・スキー選手・飲めそうな顔」と、決めつけられ酒を勧められる。さすがに社会人になってからは「俺の酒が飲めないのか」と凄まれることは、まれにしかない。

  埼玉県川口市立芝西中学校の生徒会が、学校からいじめをなくすために「いじめ根絶宣言」をし、目印として胸ポケットに黄色のリボンをつける活動に取り組んでいるという。生徒の感想は「気が引き締まるし、クラス内の雰囲気も良くなった」。
  見事な取り組みだ。まさに「幸せの黄色いリボン」だ。中学生自らの発案だからこそ、この取り組みは日本全国に広がってほしい。
  断る言葉をあれこれ探す前に、意思表示ができる物を持つことは見事な「知恵」である。

ようこそ、熊本スキーヤー!

2013年04月14日

 4月13日、好天の札幌国際スキー場。
 ゴンドラ終点の1100m付近は、まだまだ冬スキー!コース中盤からは春スキーです。
 友人の「熱中スキー人」に誘われて、札幌国際へ。誘い文句がもう一つ、ICI石井スポーツ主催の「2014年型新作スキーの試乗会」が行われているというのです。
 一人参加費1000円を払うのですが、この1000円は夏のセールで1000円分の金券になります。
 私は今シーズンは、大学の後輩、元全日本技術選手権チャンピオン我満義治君が開発している札幌生まれの完全オーダーメードの「KEI SKI]を使っていますが、海外メーカー各社との比較も可能ですから、参加したのです。
 確かに履き比べは楽しいのですが、まじめに滑るため!?疲れます。
 熱中スキー人がガンガン行くのを見送って、山頂のレストハウスで一休み。
 こういうコーヒーブレークタイムが必要なのです。

 横にいた若者君が声をかけてきました。
 「このスキー場は、いつまで営業ですか?」
 GW明けの5月12日までですよ。
 「うわあ、すごいですね」
 ここはできてから35年ですけど、一度も雪不足の心配をしたことがないんですよ。どちらからですか?
 「熊本からです」
 熊本!!九州のスキー場、2か所、知っていますよ。宮崎県の五ヶ瀬と佐賀県の天山。
 「えっ?行ったことあるのですか?」
 あるんです、オープニングイベントのお手伝いでね
 「熊本から転勤できました。九州では五ヶ瀬で滑っていました。全長は500mそこそこですからね」
 ここは眺めもいいでしょ!左に見えるのが小樽の街と海です。中央が石狩市と港、右の山に鉄塔がたくさんあるところが手稲山です。札幌市はあの手稲山の向こう側です。
 いま、北海道で滑れるところは、こことキロロ、中山峠の3か所ですよ。
 「小樽の港も見えるんですね。1週間前、舞鶴からのフェリーで小樽に上陸しました。熊本から車を持ってきましたので」
 札幌市内には、藻岩市民、ばんけい、フッズ、札幌国際、手稲があり、小樽には天狗山、朝里、ちょっと走れば歌志内のかもい岳、夕張にもいいスキー場がありますよ。
 「北海道転勤を希望してたんです、ですから嬉しくて、、、」

 やっぱり、春はスキーだわ!
 昼食は、札幌国際テラスジンギスカン! 夕食前には豊平峡温泉! 夕食は豊平峡名物純インドカレー! 
 熱中スキー人に引きずられ、青春謳歌の春スキーでした。(笑い)

指導者の行為

2013年04月12日

 道新、4月9日の報道だが、札幌北区の市立中学校、女子バスケットボール部の外部指導者が、複数部員への体罰で解任されていたことが発覚した。体罰の内容は「殴る、蹴る」だ。
 外部指導者の言い分は、「殴ったことや蹴ったことがあったかもしれないが、体罰としての認識はない」というものだ。
 外部指導者の任命権は学校長にある。ということは、学校長は任命に対する責任と、任命以後の監督責任の両面で責任を負う必要があるのだ。
 また、この外部指導者は、何をもって指導者と成り得たかは不明だが、こういう指導者を生んだ組織も検証が必要になるだろう。

 11日の夕刊では、中学1-2年生で昨年度から必修化された武道のうち、道内の公立中学校の7割が選択した柔道で、1年間に10人が授業中に骨折していたことが分かったという。
 確かに柔道での怪我が突出しているわけではない。球技や器械運動のほうが、件数は多い。
 ただ、柔道は誰もが幼少時から経験するものではない。柔道の授業には道教委からの通達で原則2人以上の指導者で行うように通達され、北海道柔道連盟なども外部講師を派遣しているが、中学生の意識でいうならば「受け身の練習だけでは、面白くない。意識は先走る」というものだろう。
 よって、指導者はそこのギャップをどう教えるかが問題になるだろう。
 体育授業においては、少し物足りなくても怪我がないことのほうが大切なのだ。興味を持ってもらう入門の扉でいい。痛みや恐怖で扉をふさぐなどは、断じて指導者の行為ではない。

ソチから来た、いい話

2013年04月08日

 新聞というものは、朝刊には世界や社会が、夕刊には人生が掲載されているのです。
 その証明は、きょう8日の夕刊に掲載されています。
 2面、「ボランティアもソチ照準」という記事のなかに、それがあります。
 「ロシアのアナスタシアさんは、十勝管内出身の女性漫画家荒川弘さんが描いた、 銅の錬金術師 の
アニメを英語字幕で見てから日本にひかれ、独学で日本語を勉強、、、」
 「スピードスケートになじみはなかったが、日本選手の名前は全て暗記。及川佑がリンクに一礼してから滑り始めたのを見て、「すごくきれい」とファンになったという」
 どうですか、いい話でしょう!
 スポーツは礼に始まり礼に終わるのです。
 美しいのは、一に剣道、二に豊真将関、豊真将関以外の関取衆はだめです。乱れっぱなし。
 柔道も乱れっぱなし。姿勢は心の鏡なのです。柔道の乱れは、姿勢に現れていますね。
 及川君、よかったね。君のスピードスケートに打ち込む姿勢が鏡に現れ、異国の女性が君のファンになってくれました。
 これぞ、夕刊が表現する「いい汗いい話」、そうです、人生なのです。

プロフィール

プロフィール

伊藤 龍治
1947年札幌生まれ。札幌啓明中では夏は野球、冬はスキー。旭丘高では夏はバスケット、冬はスキー。「スポーツ二毛作」実施者。早稲田大でスキー。日本初のアルペンサービスマン、世界初のジャンプワックスマンは自称ながら事実。スキーで4年おきの「骨折五輪」に3度出場。全日本アルペンコーチ。北海道新聞に「いい汗いい話」を12年半執筆。テレビ、ラジオ、講演などスポーツジャーナリストとして活動中。

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