第42回ミズノ杯ジュニアジャンプ競技大会

2019年02月10日

全ての出発は、たった一行の「新聞記事」だった! 道新杯少年スキー大会中学校の部「1位、伊藤、啓明中」。 三角山コースで行われた大回転だった。1962年の冬だった。

今から43年前、29歳の私は「美津濃株式会社・スキー事業部」に所属していた。1972年、札幌冬季五輪、金銀銅メダルを独占した「日の丸飛行隊」の影響はすさまじく、全道にジャンプ少年団が誕生し最盛期には3000人の部員がいたのだ。それから20年ほど経過すると、少年団は衰退し全道でジャンプ少年は30人ほどに激減した。

ちょうどそんな時期だった。「子どものスキー大会が少なすぎる。今こそ大会を創設すべき時期だ」と考え、「美津濃杯ジャンプ・大回転・距離」の三大会を企画し会社の許可を得て札幌スキー連盟に提案した。選手を集めるためには、「景品を豪華にする」と考えた結果、「美津濃杯はすごい!」と評判になった。

42回も大会が続くと、優勝者・入賞者にはその後の金メダリストがずらりと並ぶのだ。原田・葛西・岡部・船木・斉藤・高梨・伊藤選手たちは出場選手たちだ!小学校低学年の部があるから、「ヘルメット姿が抜群に似合うちびっこ選手」が見ているだけで可愛いのだ!「上手に飛べな~い」と泣く姿がまた可愛らしい!

今年は総勢62人の出場だったが、先日行われた「全国中学校選手権」の男女優勝者、入賞者が勢ぞろいした。今は「全道スポーツ少年団ジャンプ大会」も併設となり、少年団間の競争も楽しい。近年では「札幌少年団」「下川少年団」「余市少年団」「小樽少年団」の活躍が目覚しい!2月10日はミズノ杯、11日は伊藤会長杯と2日連続するのも選手にとってはうれしい!

会場で札幌スキー連盟のジャンプ役員さんとの交流も楽しいのだが、最近は「あの人も惜しいことしたなあ」という会話も始まった。これも宿命!

シーズン最初の「雪印杯」で新年のご挨拶をして、「ミズノ杯」で昔を懐かしむ!さて、あと何年荒井山を登れるものか?なあ!

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