佐藤幸椰発進!岡部孝信2世を証明できるか?

2019年01月22日

ポーランド・ザコパネでのジャンプW杯個人第14戦で「世界最小ジャンパー・佐藤幸椰・23歳・石狩市出身・札幌日大高出・雪印メグミルク所属」が3位となり表彰台に登壇した。

身長161センチ、先鋭的な素質あふれるジャンパーだが、安定せず「当たればでかい」型の選手だった。私自身、ミズノ杯少年ジャンプのころから見て知っているが、体幹が強くなり例えば同じように「世界最小ジャンパーとして世界を相手に戦った岡部孝信がコーチをすればいいのに、、、」と思っていた。

多分、お互いにそう思っていたのだろう、佐藤は高校を出て雪印メグミルクに進んだのだ。「さあ、岡部はいつ佐藤を世界デビューさせるのか?」私は興味深々で見ていた。

私の講演、「試走者たちの金メダル」を聞いてくださった方々は、男女を問わず半数~時には70%の方々がハンカチを手にされる場面がある。それはすべて「岡部孝信」が関係している。長野五輪団体戦、奇跡の大逆転優勝の直後の記者会見で岡部は独特の表現で「原田の失敗ジャンプ」を語った。「いやあ、舟木・斉藤と3人で話していたんです。おれら、第3グループでなくて良かったなって!俺らのジャンプは低いフライトですから、飛んでも60mぐらいなんです、あの気象条件では!あれは原田さんのように高いフライトだから79・5mも行ったんです。だから、原田さんのジャンプは決して失敗ジャンプなんかじゃないんです!」 この直後、内外のマスコミがスタンディングオベーションを贈った!

もう一つは長野市内の表彰式のあと、その日の夜遅く、次の日の朝一番からのTV出演が続き、ようやく白馬の合宿先に戻ったとき岡部は「原田さんはご家族が来ているんだからそっちに行ってやって!斉藤・舟木、お前たちは少し寝ろ!もうぼろぼろだぞ!おれか?ちょっと行っておかないといけないところに行ってくるわ、、」 岡部は最初に札幌からジャンプ台整備に駆け付けていた先輩たちの宿舎で感謝の思いを述べ、次に「試走者たちの宿舎」に行き「お陰様で金メダルを取らせていただきました」と言いながら10人いた高校生たちの首に金メダルをかけたのだ。

その岡部が指導する佐藤幸椰がW杯初の表彰台に上った。ワンダーボーイ小林陵侑が少し調子を落としたときに、1年先輩の佐藤が来た!「宮平ヘッドコーチ率いる全日本・宮平ジャパン」の面目躍如の結果だ!

岡部のTV解説も聞いたが、相変わらず「ぶっきらぼう」のしゃべりだが、この男ほど「心の熱さとユーモアとウイット」を兼ね備えた男はいない。

26日・土曜日、27日・日曜日には大倉山で男子W杯ジャンプが行われる!久しぶりに大倉山・30000人の観客数を見たいものだ!

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