元日ジャンプ、小林陵侑優勝!兄潤志朗5位!

2019年01月02日

スキージャンプワールドカップのなかでも、クラシックレースと呼ばれる「年末年始・ドイツ―オーストリアジャンプ週間」は、12月30日ドイツ・オーベルストドルフ大会、1月1日ドイツ・ガルミッシュパルテンキルヘン大会、1月4日オーストリア・インスブルック大会、1月6日オーストリア・ビショフショーフェン大会の4連戦で、各大会の観客は4万人~6万人を数え、古くからこの大会の勝者は最も名誉あるジャンパーとして称えられるのだ。

過去、4戦4勝した選手はひとりだけ!しかしその選手は「目的達成症候群」で早い引退に追い込まれた。日本選手の総合優勝は舟木和喜選手だけで、小林陵侑選手には日本人二人目の総合優勝が期待される。

このジャンプ週間最大の事件は、1971~72年。笠谷幸生選手は開幕から3連勝、史上初の4戦全勝かと期待されたが、日本選手団は4戦目を目前にして帰国、地元オーストリアを始めとする欧州各国からは「歴史あるジャンプ週間への冒涜!敵前逃亡!」などと強い批判も出たが、五輪開催地札幌・宮の森ジャンプ場の整備が完了し「選手選考を兼ねての合宿が可能」となり、久慈庫男監督・笠谷昌生コーチが帰国を決断。しかし、コーチ会議などでのあまりに強い反発に笠谷コーチは弟である笠谷選手に「お前だけ残るか?」と打診。

笠谷選手は「自分もみんなと一緒に帰る」と即答! 「日本に帰って正月を味わいたい、餅を食べたい」とか言ったとか言わないとか、聞こえてきていたが事実は「選手選考合宿なら全員でやりたい」という笠谷幸生選手の「フェアプレー・フレンドシップ精神」のなせる業だった。

それほどのジャンプ週間で小林陵侑が開幕2連勝! さらに、オーベルストドルフ大会では50位だった兄・潤志郎が5位!12位に伊東大貴、17位に佐藤幸椰、26位に中村直幹、レジェンド葛西は32位とまだ上昇気流には乗っていないが、日本チーム全体が最高の状態で戦っている。 宮平コーチの力量だ!

小林陵侑の言葉がいい。「今日は何も考えずに、ただただ飛んだ。今日の2本目では条件に恵まれなかったと気づいたけれど、その中で可能な限りのジャンプが飛べたと思う。」 迷いなし!勝負に積極的に取り組んでいる!

日本チーム諸君!4戦目のビショフショーフェンでは、「ゲルハルト・エミコ」一家が待っているよ! カレーライスパーティ、大会時には「おにぎり」の差し入れをしてくれる。

さあ、やってみようか!小林陵侑君!

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