けが、や痛み、で苦しむ君へ。

2018年12月31日

けがをして、動けないとき 動けたとしてもいつもの半分しか動けないとき、必死に動いているけれども痛みがあってプレーが続かないとき、往々にしてその姿は「全力を出していない」「真剣にやっていない」「たるんでいる」などと取られ指導者や先輩から「叱責」される原因ともなるものだ。

過去には大阪桜丘高男子バスケットボール部で主将が監督から執拗に体罰・罵声を浴び続け自殺するという悲惨な事件もあった。

「痛み」は自分にしか分からない。部活の指導者も、親兄弟姉妹にも分からない。痛みを「想像」しても、同じ経験がなければ結局は分からない。そして、「えっ?まだ痛いのか?」「もう、治ったと思っていたのに?」という言葉を聞くだけで「ひとり、落ち込む」こともある。 それらの言葉が「悪気がない」とは知っていても「言葉がナイフになることを実感する」こともある。

チームに「痛み・苦しみを実感し、想像できるトレーナー」がいれば、相談ができる。話を聞いてくれる。悩みを打ち明けることもできる。もし、そういうトレーナーがいないのならば、私で良ければ手助けはできる。

スキー骨折3回、1・2回目は「脛骨・腓骨の単純骨折」だったが、3回目は「左足首の脱臼開放骨折」で現場は「恵庭岳滑降コース」だった。札幌五輪用に特別に作られ大会終了後は自然に返すコースだった。出血がひどく、札幌までの陸路2時間半は危険となり、応急の止血手術となったが、インターンの医師と看護師さんが慌てていたのか麻酔なしで10針の手術となった。生身の身体で感じる痛みは想像を絶するのだが、痛みは無限に上昇はしない。人間は「痛みを感じなくなるポイント」を持っている。これが「失神」だ。

その日、ゴンドラが故障で男子はスタートまで徒歩で登った。私は先頭でコース脇を登ったが後続はコース内を登り、コース整備もなく「公式練習」が始まり私はつぼ足で荒れたコースでスキーが取られ転倒した。だから、仲間を恨んだ!

入院したが傷があるからギプスが巻けない。咳をするだけで激痛が走る。寝返りもうてず、トイレも大小ともベッド上だ。傷に雑菌が入り4日間40度の高熱で食欲はなく、一睡もできなかった。3日目に考えたことは、「精神統一すれば、起きて走れて、病室の窓を突き破り空を飛べる」ということだった。妄想は病的レベルに至り、後年それは「空を飛べるという自殺願望の一つ」だと指摘を受けた。

退院後は酒におぼれ、毎晩足を引きずりながら木刀で作った杖をついてすすきのに通い詰めた。絶望、恨み、つらみの毎日だった。

リハビリでマッサージも受けたことがある。患者一人の時間は決まっていていつも不満足だった。「誰か、とことん、この足に取り組んでくれる人はいないのか」と思っていた。

結局、左足首の機能を失い身体障害2種4級となったが、全日本アルペンコーチ、ジャンプワックスマンになったのはその後のことだ。誰に何を言われ、何があって前を向けたのか、それらはトレーナーとして選手と向き合い、選手が話を聞きたいと思える段階に来た時に話をするようにしている。まずは、徹底的に話を聞くことから始めている。

トレーナーとして今は札幌市立新川高校女子バスケットボール部に所属しているが、選手と二人きりで処置をすることはない。体育館内、学校の廊下などオープンスペースだ。これを読んで相談事があれば、ご両親と相談してメールをください。まずはこのブログへの「書き込み」で構いません。そちらのメールアドレスは公開はされません。私からメールアドレスにご連絡します。

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