思想、言論、そして言葉を失うな!

2018年12月29日

この1~2年のやりきれない風潮の発端は、やはり「森友学園問題」だったと思う。

現状の力を持つ者に対して、多くの者たちが「忖度」して問題をやり過ごそうとしてはこなかったか? 実はそうすることが一番安全で、簡単なことだったからだ。

でも、それは「思想」を放棄し、「言論」を封殺し、「言葉」を失うことに他ならない。

更に、急速に進行しているのは「人工知能」に傾倒する社会で、「思想・言論・言葉」を必要としない「スマホ社会」は「しゃべらない・しゃべれない子供たち」を大量に生みだしつつあるのだ。母親は「泣く子をあやすためにスマホ」を与え、その結果赤子の視力障害が報告されているし、小学校低学年で一日2~3時間スマホでゲームに興じている子供は学力の低下が顕著だという。

子供たちだけの問題ではない。環境が変わったときに人間は本性を現すという。多数の大臣待機組の中から「身体検査」も無しに大臣になった途端に馬脚を現す者のなんという多さか!

環境が変わったことで、実力が伴わないうちに「一段高い位置に上った」と錯覚することが多いのだ。そうする者の特徴は「唯我独尊」!うぬぼれている自分は見えないのだ!うぬぼれているから感謝の思いを持てず、関係者に対し「パワハラ」を行い、自分の地位を護ろうとする。

政治の世界の話だけではない。私たちの身近にもあり得る話だ。

そうならないための秘策はただひとつ、「自分が依頼して他人に良くしてもらったとき」や、「依頼しなくても他人が親身に良くしてくれたとき」には「ありがとうございます」を忘れなければいいだけの話だと思う。

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