東京五輪レガシーへの「優しいアプローチ」!

2018年11月19日

2020年東京五輪・パラリンピックは1964年以来56年ぶりの開催だ。つまり、半世紀を越えて行われる五輪・パラリンピックということになる。

日本人は「お祭り民族」だから、全国津々浦々の市町村にも「ご当地祭り」がある。中には「祭りが生きがい」と思う人々もいる。それは決して悪いことではないが、日本人は祭りのあとさきで意識が変わりすぎることもある。

お祭りが近づくと「神輿蔵」を開け、終わると「神輿蔵に神輿をしまい込む」。確かにそれは当たり前なのだが、人間の意識も「しまい込まれる」のだ。私は1964年東京五輪、1972年札幌冬季五輪、1998年長野五輪を見てきたが極端なのは五輪前4年間には「1年間に5年分の強化費」が投入されるが、五輪後はまた「1年間に1年分の強化費」にすぐ戻るのだ。

56年ぶり、半世紀ぶりの五輪という極大的なイベントが決まると本来の「アスリートファースト」ではなく、「国家ファースト」「シティファースト」の先行が始まる。現に東京は「建設ラッシュ」で、建設機械・建設従業員は東京に吸い寄せられ、地方・特に災害被災地の復興は「ひと・もの・かね」が絶対的に不足という状況がやってくる。

オリンピック・パラリンピック(オリパラ)の当初予算はいつの間にか膨れ上がり、担当大臣は「1500円」などと言うがそれは笑い話だとしても、総額は誰しもが「終わってみないと分からない」のだ。

だから、せめてオリパラ後の遺産(レガシー)だけは、しっかりと確立させたい。難しいレガシーではなく、優しいものでいい。小学生が理解できるものにすべきだ。 ひとつはIOCとWHOが合意したように「たばこのないオリパラ」だ。いうならば「禁煙オリパラ」「受動喫煙無しのオリパラ」だ。これを日本に定着させる。ひとは、他人の健康を害してはいけないからだ。

ふたつ目は「環境保全」だ。大気汚染・海洋汚染により、地球の温暖化が進み、地球規模で「台風・サイクロン・竜巻・山火事」の大災害が頻発している。

地球上で人類が生存できる「空気の層」は、わずかに「2000m」なのだ。それを超えると酸素の量は4分の3になり、高山病・低酸素病で人類は生き続けることは出来ない。

世界各国が自国の経済・貿易を優先し「貿易戦争」を始め、自国第一主義を推し進めるのなら人類は「かって経験してきた破滅への道」に戻るだろう。

そこで人類が踏みとどまってフレンドシップ・フェアプレー精神に立ち返るのが「オリンピック・パラリンピック」なのだ。

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