我々は、「全島開拓者の子孫」である!

2018年09月10日

札幌から千歳に向かい、日高道に入り厚真・鵡川に寄り道をし富川から平取に入り穂別から夕張経由で札幌に戻る道は、私の大好きなドライブコースだ。

札幌から釧路・別海方面に出張する場合も鵡川から新冠・浦河に向かう。鵡川を過ぎたあたりからは風景が一変する。「まるで西部劇の世界!」「ここはどこ?・アメリカのオレゴン?」 馬好きにはたまらない風景が連続する! ホースウイスパーラーという職業がアメリカ・オレゴン州にはあるという。「馬とささやき合える人」なのだが、北海道のこの地域にも多くのウイスパーラーがいるのだろう。

平成30年北海道胆振東部地震で厚真町は震度7の揺れで多くの方が亡くなった。札幌でも深夜3時08分、私でも飛び起きた。間もなく「全島停電」!私のところは水道・ガスは大丈夫だったが、電気のない生活には参った!

朝になり本州の友人たちから続々と連絡が来る。テレビでアナウンサーが「北海道民には情報が届いていません。ぜひ教えてあげてください」と呼びかけたとのこと。それにしても「全島停電」とは何なのか?

7年前の東北大震災のときに「全電源喪失」で原子炉爆発を引き起こしたのではなかったか? 原子炉専門家に言わせると、北海道泊原発が稼働していて「全電源喪失」したならば、再び大事故につながった可能性があるという。

国でも北海道でも、大企業でも小企業でもすべての教育現場でも「そんなことは起きない」と断言してはいけない。「すべてはありうる。すべての準備をする。」そういう体制をつくることが、北海道命名150年を迎えるこの地の命題なのではないか? 自給自足で強靭な文化を形成したアイヌ民族に学び、原野と格闘した「我らが先人たち」の勇気に学ぶ必要があることを今回の「胆振東部地震」が気づかせてくれた。

北海道に移住して何代目になるのか、、中学校2年と高校1年のバスケットボール姉妹は祖父の飲食店で炊き出しを手伝い、二日間550個のおにぎり販売に従事したという。確かにどこにも食料はなかった。そういう意味で「温かいおにぎり」はどれほどの人々を勇気づけたことか!550人ではないだろう、分かち合って1000人以上に「温かな心」は伝わっただろう。

二人の父は言う。「ただ困るばかりではなく、そこから何かを学び強くなって立ち上がる。北海道民は誰かに助けてもらい復興するのではなく、もう一度開拓者となり立ち上がる機会なのかもしれません。」

人々の温かな心に感謝しつつ、そう我らは、全島、開拓者の子孫である!!

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