今こそ、被災地・被災者に「北海道提案」を!

2018年07月13日

新十津川中学校で講演をしたのは、15年ほど前のことだ。自治体や学校から講演の依頼を受けた時は、出来るだけ「歴史」を調べるようにしている。インターネットが普及してからは随分楽になったが、それ以前は自費で一日前に入り、町の資料館などで調べたりもした。

明治22年8月、奈良県吉野郡十津川郷で大水害が発生、死者168名、全壊・流出家屋426戸、生活基盤を失った者約3000人、明治政府は移住政策を検討、10月第1回北海道移住民が出発、11月北海道空知太に到着し村名を「新十津川」とした。 十津川郷から陸路で神戸へ、神戸から船で小樽へ、小樽から三笠まで汽車、そこからは徒歩で滝川経由で「新十津川」へ、1か月の行程だった。三笠には「樺戸集治館」の囚人たちが集められ、子供・老人は囚人たちに背負われたという。

これは単なる一つの例に過ぎない。北海道はほぼ全域の自治体が「ルーツ」を持っている。余市には会津が、八雲には旧尾張藩の藩主・徳川慶勝が家族持ち15戸、単身者82名、総人数82名を移住させた。北広島市は広島県から、札幌市白石区は白石藩からの移住者が「屯田兵・開拓民」として移住したのだ。

平成30年西日本豪雨では死者200人、60人超が安否不明、約7000人が避難を余儀なくされている。 最大の問題は被害が集中している広島・岡山の立地にある。広島は山の上部で幾筋もの崩落が見られ、次の大雨では間違いなく土石流が発生する。広島は平静26年8月豪雨でも74人の死者を出した。同じ場所での生活再建は無理なのだ。

つまり、奈良県十津川郷と同じ状態に置かれているのだ。明治政府が「英断」として「北海道移住政策」を取ったように、今こそ日本政府は「北海道移住政策」の立案が必要だ。いや、北海道自体が国の支援を引き出し、併せて北海道特別支援策を打ち立てて「被災者支援」を打ち出すべきだ。 北広島市なども全道に先駆けて声を挙げて欲しい。

十津川郷民が北海道に移住する際に明治政府が保証したことは、支援金を与え、土地を開拓することで永住権を持てることだった。併せて全国民に支援を訴え、衣服・食料・支援金の依頼をしたのだ。新十津川中学校の中学生たちは、移住に1か月もかけてやってきたと知り驚きの声を挙げた。

新十津川町は今年移住から128年となるが、新十津川町と十津川村間では今も「中学生の交互訪問」が行われ、平成23年9月の台風12号災害で奈良県十津川村が被災した時には十津川町は見舞金5000万円を贈り、町職員が派遣され復興に力を貸した。

今こそ北海道知事は知恵と力を発揮してほしい。人口減少率で言えば47都道府県で北海道は最悪だ。北海道150年ならばなおさらの政策になるのではないか。まずは被災者の避難所を北海道内に開設してほしい。水と食料と温泉と、何より「冷涼な気候」と「移住者の子孫である道民のイランカラプテ精神」ならば、いくらでもあるのだから、、、!!

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