専門家ならば、「半端ない」仕事をしませんか!

2018年06月28日

ニュースや新聞記事を見て涙が止まらなくなるなど、初めての経験だった。

事件の概要もそうだが、究極的に心が揺さぶられたのは「5歳の女児の手書きのメッセージ」だった。

「もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします」 「あしたはぜったいやるんだぞとおもって いっしょうけんめいやる やるぞ」(一部抜粋)

こう書いた女児は壮絶な虐待を受け、一日一食でやせ細った末に亡くなった。亡くなったのは2018年3月。なぜ救えなかったのか?ようやく事態が明白になってきた。

香川県児童相談所は2016・12月、2017・3月の2回一時保護した。7月に一時保護解除のあと8月には「パパにけられた」と聞き、病院が市に通報。2018・1月香川県から東京都へ転居。香川県児童相談所は都児童相談所に引き継ぎ。2月、品川区児童相談所が家庭訪問したが2回とも会えず。2月下旬、父親が暴行、3月2日、結愛ちゃん死亡。

高知県・愛知県・茨城県では児童相談所と警察は全件情報共有されているという。東京都児童相談所はこういうシステムにはなっていないという。多くの場合、異変に気付くのは近隣住民で児童相談所に通報があるという。ところがそこで止まってしまうのは「他機関を入れるとメンツが立たない、 今までのやり方を変えたくない、 他機関と一緒にやるのは面倒くさい」などの理由だという。

一つの提案だが、都道府県の児童相談所は職員として子供時代に「児童保護施設」などで育った人材を登用できないものか? つらさを知っている者は、「本物の専門家」になれるからだ。そして「人を救える」のだ。

71歳になって自分の人生を少し振り返ったとき、「自分はサービスマン」だなと思う。全日本のコーチ経験もあるが、私を鍛えてくれたのは「笠谷幸生さんのワックスマン・サービスマン」だったことと、1973-74の全日本アルペン滑降チームのコーチとして「富井澄博・片桐幹雄・鈴木謙二」3選手と欧州転戦の経験だ。このときは、コーチというよりは運転手、マネージャー、トレーナー、サービスマン、ワックスマンだった。「一番速いコースを指示することは、最大の危険に選手をさらすこと」になる。競技の結果の前に、選手の命に責任を持つのだ。だから何でもできた。

70歳で札幌市立新川高校女子バスケ部トレーナーができたのも、自分がスキーで3回の骨折をし身体障碍者だからだ。けがをした人間の心理・生理は嫌というほど分かるから、「力になりたい」と思うからだ。

痛みも、お腹が空いたも、他人には分からない。自分しか分からない。それが分かっているから結愛ちゃんの死が辛すぎるのだ。

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