スポーツ指導の大原則とは!

2018年06月20日

2020東京五輪・パラリンピックは、前回1964年から56年経っての開催となる。半世紀を越えての自国開催、また五輪は4年に一度という「希少性」を持つから、フェアプレー・フレンドシップを持たないスポーツマンシップを知らない人は時として間違いを起こす。

日本は過去、五輪で一度もドーピング違反をしたことがない国であったが、違反も現実のものになり、ライバルの飲料に薬物を入れるという事件も起きた。長く指導の現場にいて自己保全に走り恐怖統治でのパワハラ事件は、レスリング・日大アメフトなどで顕著になった。

スポーツ指導の大原則は、1、大人の自分と子どもの選手を比べるな。コーチは選手と同年齢だったころの自分を思い返せ。あの時の自分を教えてやろうと思えば、選手に対する慈しみの心が生まれるものだ。 2、目の前にいる選手は「後継者」自分が指導する選手は、自分が情熱を傾けた愛する競技の後継者なのだ。この選手によって自分の指導も未来につながるとすれば選手への尊敬心が生まれるものだ。3、同質化するな。異質を認めよ。自分と同タイプの選手ばかり育てようとするな。異質な選手を理解せよ。

レスリングや日大アメフトのパワハラ問題は、指導者がチーム全員を同質化しようとして破たんをきたしたものだ。自分の言うことを聞く者は可愛く、少しでも疑問を持つ者は「反逆者」として阻害したことが両者に共通している。

日本人は「行間を読む人種」だ。わび・さびの心根は、例えば和食の飾りつけなどにも見られる。だから指導者は「ユーモアとウイット、情緒力と言葉力」が必要なのだ。レスリング・日大アメフトの指導者たちはここが決定的に欠如していた。戦略・戦術を厳しく徹底的にたたき込もうとしても、「言葉の行間に愛がなければ届かない」のだ。指導者は多くの人生を知る人であって欲しい。それは読書で得られる。関東大震災の後の東京の復興を指揮した後藤新平は言う。「金を遺して死ぬ者は下。仕事を遺して死ぬ者は中。人を遺して死ぬ者は上。」

つまり、監督・コーチ・指導者という前に、若者たちへの「道案内人」だと思うぐらいでちょうどいい。

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