気配りのすすめ、というよりそれは常識じゃないですか!

2018年05月10日

新潟市の小学2年生が、誘拐され窒息死のあと線路に放置され発見された事件は、小学4年生の双子の女児と幼稚園に入園した女児を孫に持つ身としては、心が張り裂けそうな想いの事件だ。

線路に放置したのは証拠隠滅や、小学生が間違って線路に立ち入った風に見せようとする意図が感じられ、一層の怒りが湧いてくる。

少し前にも、「登校の見守りおじさん」が犯人だった小学生殺人事件があった。過去の犯罪から学び、社会が小学生の安全を護るために「学びの蓄積からなぜ常識」を身につけないのだろうか?

悲しいのは、亡くなった女児の友達が女児から「今朝、黒い服でサングラスをしたおじさんに追いかけられた」と聞いていたことが判明したことだ。中学生、高校生ならば自ら自分の身を護ることはできるが、小学生低学年ならば自ら防護することは不可能に近い。変質者はそこを狙う。ならば、小学校では毎朝のホームルームで、先生が「今朝の通学中に何か変わったことはありませんでしたか?」「通学道路に普段見たことのない人がいたりしませんでしたか?」と聞かなければならない。それは「気配り」などではなく「常識」にしなければならない。

聞き込みで近所の人からも、「数か月に1回ほど、黒づくめでサングラスの男を目撃している」という情報もあった。

女児が友達に「貴重な情報」を伝えていたのだから、教師がそれらの情報を吸い上げるすべはなかったのか? 近隣でも不審者の情報はかなりあったという。ならば学校は学区内の情報を吸い上げて、「変質者出没情報」を出したり、警察と連動してパトロールを強化するとか、学区内の「見回りおじさん隊」を組織して登下校時に護ってあげるすべはなかったものか?

私は71歳だが、冬になると通学路が氷結し緑が丘小学校の子どもたちが滑って転ぶ姿をたびたび見ることがあるため、車に砂袋を積み込んで「砂まきおじさん」をやっている。そういう時は不審者に思われないために「気を付けて行くんだよ!おじさんは君たちの先輩だからね」と声をかける。時には市の除雪車が積み上げた雪の壁が通学路の視界を阻むために、「雪の壁こわし」もやっている。

こどもを護るのは大人の責任だ!それを「気配り」というのではなく、「それは常識」という社会をつくらなければならない。

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