人間としての矜持を護ること、悪いことではないですよ!

2018年03月16日

矜持(きょうじ)、自分の能力をすぐれたものとして抱く誇り。プライド。例文として「聖職者としての矜持を持つ」など。

例えば、スポーツマンとしての矜持を護る、というのは私の場合は、「フェアプレー」「フレンドシップ」に裏付けられた「ファイティングスピリット」で生きるということになる。

森友事件、佐川事件?で国会は空転し、内容的には公文書の改ざんにより国会が国民をだましていたことにもなり、民主主義の否定にもつながり「文書を書き換えさせられた。このままでは自分だけが悪者にされる。上は冷たい」と遺書を書いて自殺者もでる事態となっている。

スポーツ界ではレスリング界で伊調馨氏への「パワハラ問題」で大揺れ、国技の大相撲でも日本相撲協会を貴乃花親方が内閣府へ告発と忙しい。

私は、2020年東京五輪が急接近するいま、他の連盟・協会でも「パワハラ・セクハラ問題」やそれを利用しての「ポジション争い」は出てくると見ている。ほとんどの連盟・協会の役員は「名誉職」で収入は得られていない。ただこの「名誉職」には大きな権限が付与されていて、これを行使するのが「見えない力」となるのが現実だ。

ちょうど30年が経過するが、私がサラリーマンを辞めるきっかけを思い出す。当時、私は事業部の次長だった。その事業部がさらに2つの事業部に分割されることになったとき、事業部長が次長の私に「部員で、どうしようもないのを、あっちへやっちまえ!」と命じた。サラリーマンになるとき、大学スキー部の先輩に「サラリーマンと言えども、常に腹に辞表を持て」と指導されていた。

その指示は「フェアプレー・フレンドシップに違反」していると思った。同じ釜の飯を食った仲間と思っていたにも関わらず、「どうしようもない奴」を決めろという指示だった。その時、私は「腹に辞表」を巻き付けていることに気づいたのだ。結果は「次長から部長への叱責」「辞表という題の、会社への問題点提起」だった。次長の退職は、常務決済で良いのだが、専務、社長、会長と進み退職まで3か月半を擁した。「他企業に就職するつもりはありません。独立します」と宣言し、独立後最初の仕事は「NHK・BS-1のスポーツホット情報のキャスター」だった。これは辞めた会社の会長の強力な推薦で決まったものだった。3年後には辞めた会社と「嘱託社員契約」で2年契約もいただいた。

自分が所属していた組織への「問題提起」は決して悪いことではない。常々、書き留めることが「スポーツライター」につながった。ただ、金銭欲、経済的向上を考えれば、誰にでも勧められることではない。だが、悶々として人生の終末を考えるよりはいい。「フェアプレー・フレンドシップ精神」は、世の中の誰かは見ていてくれるからだ。

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