平昌五輪・応援禁句の心得?!

2018年02月08日

平昌五輪へお出かけの皆さま、韓国平昌は北海道陸別並みとお考えください!?聞こえてくる話では、開会式のリハーサルに動員された「観客役」が大挙して脱走?!、大会を支えるボランティアもあまりの寒さに「ボイコット」など、「不穏?!」なニュースも伝わってきます。

私がかって実施した「応援方法」で最も効果のあったものをお伝えしますが、これは「国際大会」では使ってはいけません。まして今回の平昌五輪では絶対禁止です。民族が南北に分断され、北からは「芸術使節団」「美女応援組」が派遣されながら、平昌五輪開会式前日に「軍事パレード」が予定されているという「混乱」状態なのです!

時は1980年1月1日。ドイツ・ガルミッシュ―パルテンキルヘン、ジャンプW杯(伝統あるドイツ―オーストリアジャンプ週間の2戦目)。日本チームは八木弘和が1回目に4位、川端隆普実が7位と好調で2回目に進んだのです。私は日本チームのワックスマン。1回目のあとスキーの手入れが終わると、その後は「機関銃の射手」に変身です。対抗馬のジャンパーが飛び出すたびに「ダダダダ」と撃ち落とすのです。これがまあ、よく当たるのです!!そして10人ほどを撃ち落としたころ、笠谷幸生さんが寄ってきて「龍、あのな、ダダダダというのは、万国共通語なんだわ!」と耳打ちされたのです!恐る恐る周りを見回すと撃ち落とされた国の関係者が私をにらみつけているのです!側に笠谷さんがいたから難を逃れたものの、もし笠谷さんがいなければ襲われていたでしょう!以来、今日まで「ダダダダ」という応援方法は封印しています!!

この大会、八木選手は2回目最高のジャンプをして3位に上がり残り5人というところで八木コーチが私に言ったのです。(当時、父親の八木コーチを大ヤギ、子供の八木選手を小ヤギと言い分けていました)「龍、3位以内の選手は共同インタビューがあるんだってよ、通訳頼むわ!」その瞬間から私の頭は大混乱!小ヤギの所属は「北海道拓殖銀行」。銀行員がジャンプ選手だなんて、どう説明すればわかってもらえるのか???心の中では、「頼むから誰か小ヤギの上に行ってくれ!」そして願いがかなって、小ヤギは4位!?通訳に呼ばれずに済んだのでした!

平昌では「ダダダダ」はいけません!

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