冬季五輪、仰天物語!!

2018年02月07日

1976年オーストリア・インスブルック冬季五輪のジャンプ会場は、ノーマルヒルがインスブルック市内から1時間のゼーフェルト、ラージヒルは市内のベルキーゼルだった。

菊地定夫監督と選手は、ノーマルヒルが終わるまではゼーフェルトのホテルに滞在したが、その後は市内の選手村へ。益子コーチと私はゼーフェルトに残った、日本チームのワックスルームはゼーフェルトのホテルの馬小屋だったからだ!だからワックス作業の最初は4頭の馬たちへの「挨拶」だった。「はい、きょうもよろしくね!ワックス溶かすのに火を使うけど、びっくりして暴れないでね!」

インスブルック五輪の警備は厳重だった。なぜなら夏のミュンヘン五輪でテロがあり、イスラエル選手11人が殺害されたからだ。ゼーフェルトのホテルの入り口は自動小銃を構えた兵士が24時間警備についていた。

2月11日の作業は夜8時から始めて終わったのが日にちを越えた1時だった。さあ寝ようとIDカードを見せてホテルのフロントで鍵を受け取ろうと思った時だった。ホテルのベテランメイドが言った。「いとさん、お誕生日おめでとう!」欧米のホテルではチェックインの際にパスポートを提出するが、その時に誕生日を記録する。それで私の誕生日を知っていたのだ。「いとさん、さあ、パーティよ!」という!そして、急いでどこかへ電話した。驚いたのは5分後だ!各ホテルの警備に当たっていた兵士たちが続々と集まってきたのだ。ベテランメイドは部隊長に電話してこう言ったという。「もうこんな時間だから何事も起きないし、兵隊さんたちみんな若いし寒くて冷えているしお腹もすいているし、何より日本チームの関係者が誕生日なの!」

あっというまにホテルのレストランに150人ぐらいの兵隊さんが集まった。入り口には自動小銃がずらっと並んでいる!そして誰もが私に「おめでとう」という。中には「あなたのお蔭で助かった。寒かったし、腹が減っていたし」と言いながら握手を求めるのだ。

みんなは喜んでいるのだが、私は気が気ではなかった!こんなこと、日本じゃあり得ないでしょ?!張本人は私?!テロが起きたらどうするの?! と、思うのだが、全員が私のところに来て祝意を述べる。笑うしかないから笑う!そのたびに「シナップス」という火のつく酒を注ごうとする!冗談じゃない、こっちは1人、相手は150人だよ、シナップスなんて2杯も飲んだら私はダウンです!

さすがにパーティは40分ぐらいでお開きになった。私はホテルのオーナーとベテランメイドに並んで立ち、全員と握手しながら「お見送り」した。まるで私も「主催者の一員」のようだった!

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