沙羅さん、ジャンプの助走で膝が割れていますよ!

2018年01月29日

全日本アルペンコーチだった私が、ジャンプチームに呼ばれたのは1974年初冬11月初めの大雪山旭岳でのアルペンスキー合宿でした。当時の笠谷昌生コーチの発案で、「ジャンプ選手と言えども、助走を上手に滑らなくては飛べない」ため、「ジャンプ選手にアルペンスキー技術を教えて欲しい」という趣旨でした。つまり、これが私とジャンプのつながりの始めでした。

その後は当時の拓銀スキージャンプ部のニセコ合宿で指導したりもしました。当時、拓銀所属の八木選手が20歳でレークプラシッド五輪で銀メダルを獲得できたのは彼が小学生までアルペン選手だったからです。抜群にスキーが上手でした。だから、助走路が荒れている海外のジャンプ台に行っても彼は苦にせずすいすいと滑ったものです。

ですから私がジャンプワックスマンとしてインスブルック五輪に日本チームの一員として加わったのは、助走の指導員とさらに助走のスピードを上げるためのワックスの専門家として期待されたからでした。インスブルックでは公式記録が証明したように、日本チームのスキーは諸外国のスキーより常に1・5キロ速かったのです。

改めて、渡部暁斗選手ノルディック複合3連勝のジャンプでの助走フォームと女子ジャンプ高梨沙羅選手の助走フォームとを比較してみました。渡部選手は膝が割れていません。見た感じは「内また」に見えるほど、「膝の割れ」を防いでいます。高梨選手は助走を低くと考えるあまり、「膝が割れて」います。こうなるとスキーを「平らに踏む」ことができず、「外エッジ」が立った状態になりスピードは上がりません。

解決策は、毎朝はだしで「助走路幅に合わせて、コインを並べ、そのコインを親指母指球で上からまっすぐ踏みながら膝を曲げる練習」をすることです。これでフォームは修正され、助走スピードもあがります。渡部選手の助走フォームを何度も見てください。

現在の「氷化したレール」を滑る助走では、スキーが上手でないと常にスキーはバラバラにぶれます。それでは「サッツといわれる踏み切り」が常に遅れます。

ジャンプは「飛んでなんぼ!」ではありますが、「滑ってなんぼ!」がほんとうなんです!

ジャンプ選手の助走を研究し、「揚力は速度の二乗に比例する」という航空力学の法則にのっとり、「世界初のジャンプワックスマン」として五輪を戦った爺さんからのアドバイスです。

「ジャンプは滑ってなんぼ!」その先のことは、体に染みついた技術に任せなさい。そうすれば、成績はついてきますよ!

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コメント

龍治さん、この記事高梨沙羅選手に是非届けて下さい。きっと不安度一杯の状況だと思います。最近のインタビューをみていると心の内が読み取れるだけに心配です。

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