老年・龍治を泣かせた少年・龍治のフェアプレーチャレンジ!

2018年01月17日

アルペンスキー界で伊藤龍治を知らなくても、我満嘉治を知らない者はいない。札幌盤渓小ー向陵中ー第一高校ー早稲田大学教育学部、つまり早稲田大学スキー部で私の後輩、それも学部も同じ直系の後輩だ。

全日本学生スキー選手権優勝、全日本デモンストレーターは言うに及ばず、伝説のTVスキー番組「SKI NOW」の主役と聞けば「ああ、あの名人か!」と気がつく人は多いだろう。現在は、(株)ハンクス・KEI-SKI事業部ゼネラルマネージャー、コンサドーレスポーツアカデミースキースクール校長、現全日本ナショナルデモンストレーターコーチ、正に「タレント」だ!CDデビューも果たしている。日本スキー界で演歌では名ジャンパー・金子茂、ポピュラー・バラードでは我満嘉治だと、学生時代にシャンソン喫茶のオーナーに勧誘された私!?が言うのだから間違いはない。

我満嘉治が結婚して子ができた時、「龍」の字はおばあさんが押し、「治」は父・嘉治(よしはる)の一字を取ったのだが、「龍治」を「たつはる」と言うのではなく「りゅうじ」と読ませたことで、以来早稲田の後輩が先輩の名を「さん」づけでなく呼び捨てにする?!という事態になった!!(笑い)

少年・龍治は札幌宮の森中学校3年、父の薫陶を受けアルペンスキー選手だ。そして事件は全道中学アルペンスキー選手権で起きた。

内容は名文家でもある我満嘉治のフェイスブックから、許可を得て引用しよう。「全道中学、SL(回転)一本目。龍治は4位のタイムでしたが、、、。痛恨の片足通過反則、ストレートでポールをまたいでいました。旗門員はセーフのゼスチャーでしたが、見えた人には明らかに見えていて、何より本人が自覚していました。「俺、自分で言いに行ってくる」そう言うと、龍治は大会役員の元へ。オフィシャルに失格の判定が出なければ二本目も滑ることができ、優勝のチャンスも残っていたところです。しかし、それが通ったところで、それはアスリートとして受け入れてはいけない事である事を、彼は自覚していました。(中略)    ありのままの事実を受け入れ、そして正直である事。スキーの神様は、選手として、そして人としての龍治を試したのでしょう。 お前に真のトップアスリートになる資格はあるか?と。 今日は本人にとってはもちろん、僕にとっても生涯忘れる事のない日になりました。龍治にはこうした経験も経て、「本物」になって欲しいと思います。」

1月14日、私は札幌スポーツ館カップバスケットボール大会決勝、新川高校のトレーナーとして母校旭丘高校との決勝戦を戦い、激戦の結果84-62で勝利し優勝した。同じ日に朝里川温泉スキー場で行われた全道中学の父と息子の戦いは、父の文章を読み、そのすべてが浮かび上がった。そして「少年・龍治」から55年をさかのぼり、向陵中学と中体連スキーで激戦を重ねた啓明中学時代の「龍治」にもたどり着いた。

「71歳の老年・龍治」は「少年・龍治」のフェアプレーに拍手を贈る!

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