げんちゃんスロープ物語!

2017年10月25日

札幌市内にリフト付きのスキーコースができたのは、昭和21年(1946)だ。アメリカ進駐軍から藻岩山北斜面にスキーコースを造れという命令が下されたのだ。クリスマスまでには完成させよ、という超特急命令だったらしい。道庁は戦前からある三角山や荒井山を代替地で提案したが却下。余程、進駐軍にはスキー好きが多かったのだろう。このコースは現在の札幌水道記念館あたりがゴールで一つは藻岩山頂からのコース、もう一つはスタートが旧地崎バラ園上部だ。

驚くべきは日本最初のスキーリフトが昭和21年12月24日から運行されたことだ。山麓停留所から山上停留所間983mを16分かけて上ったという。進駐軍の撤退後は市民にコースが解放され国体スキー大会などでも使われた。旧式リフトは外され、昭和32年(1957)にはロープウェーが開通、藻岩山北斜面は閉鎖され南斜面に市民スキー場が開設された。現在の水道記念館上部の沢の中には、40m級のジャンプ台もあった。私はここで小樽潮陵高の杉本選手のジャンプを見ている。

話は変わって、戦前から戦後昭和30年代にかけて札幌市内でスキー場といえば、三角山、荒井山、双子山、温泉山(現旭山公園)、神社山、円山南斜面、そしてげんちゃんスロープだ。

STVラジオらんらん号が円山西町のCAFEスロープというカフェ・レストランを訪問し店名の由来を尋ねたことから、まわりまわって私のところにらんらん号がやってきた。店を作るときに「このあたりは昔げんちゃんスロープといわれていたんですよ」と聞き、店主は店名を「CAFEスロープ」としたらしい。

げんちゃんスロープは今の旭山公園から北側に滑り降り、現在の旭山病院あたりにゴール地点があったから、正にCAFEスロープあたりがげんちゃんスロープの終点だ。確かに「CAFEげんちゃんスロープ」ではなんじゃそれ?となるから、「CAFEスロープ」で良かったのだろう。

STVラジオでげんちゃんスロープを説明したあと、牧キャスターが突然「りゅうちゃんスロープはどこでしたか?」と聞いてきた。私はとっさに「家が円山南斜面で回りがスキー場でしたから、そこがりゅうちゃんスロープですね!」と答えたが、さすが牧キャスターの名アドリブ質問だと思った。

中学・高校の同級生山谷からは、「聞いたぞ、懐かしいなあ、げんちゃんスロープ」とあり、石狩厚田中学校校長の三浦先生からも「聞きましたよ、いい話でした」とメールがあった。

ただ、惜しむらくは「げんちゃん」の実名は私も分からないのだ。

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