わが青春のインスブルックは、静かな生活を望んだのか?

2017年10月18日

イン川にかかる橋、をインスブルックという。

オーストリアにある9つの州のひとつであるチロル州の州都がインスブルックで、人口は13万人、チロル州全体では70万人、インスブルックの標高は574mだ。

オーストリア国の面積は83879km2、人口は878万人。北海道は83454km2、人口は560万人だから、ほぼ北海道並みの国だ。小国だが一人当たりGDPは世界10位、自動車・鉄鋼業は隣国ドイツの下請けとして盛んであり、観光業は世界的に知られている。

インスブルックは1964年・1976年に冬季五輪を開催した「オリンピアシティ」だ。さらに2012年には「ユースオリンピック」も開催した実績も持つ。だから市民感情としては、「オリンピックには3回も関係した。これからは本来の静かな芸術都市として生きるべきだ」と考える人が多かったのだろう。

インスブルックは舞踏会の街。人口密度で考えれば首都ウイーンより多くの舞踏会が開かれているという。ヴィルテン少年合唱団の歴史も古く、発祥はハプスブルグ帝国の宮廷付き聖歌隊だ。ウイーン少年合唱団は、ヴィルテンから派生したものだ。

海外旅行では生水は飲むなと教えられるが、インスブルックは別だ。天然ミネラルウオーターが水道水だ。スワロフスキー・クリスタルはインスブルックの名産で、ウールを縮めたチロルスェーターやローデンなどの洋服も世界的に知られている。

私は1976年に行われた冬季五輪に全日本ジャンプワックスマンとして参戦、またそれ以前のアルペンコーチ時代には常にインスブルックは欧州転戦中の拠点だった。正に青春のインスブルックだった。

IOCが複数都市共催、複数国共催も可能としながら、インスブルックは「手を挙げれば、すべての施設がありすぐにでも可能」ながら、静かな生活を望んだのかもしれない。

2026年冬季五輪開催もめぐって招致の賛否を問う住民投票で53・35%が反対し、インスブルックは招致を断念したというニュースを聞いて、私はそう思った。

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