「ほっといてください」を認めてください!

2017年07月06日

小林麻央さんは最後の最後まで二人の子どもの事が心配でならなかっただろう。娘は5歳、息子は4歳だ。

娘、息子を少しでも慰めるために市川海老蔵さんは東京ディズニーランドに連れ出したという。そのことを「喪中なのに」、「麻央さんに失礼」とかの書き込みがあったという。

妻を乳がんで失った経験者として言うならば、「ほっといてください」と願うものだ。妻が乳がんと診断された時、長男は23歳、次男は17歳だったから、包み隠さず話をした。妻が最初に言った言葉は「長男の来年の結婚式、次男が筑波大に合格するまで生きられればそれでいい。そこまで髪が残ればいい」というものだった。母親にとっては「息子が一番、夫は番外」なのだと認識させられた!!

5年生存率50%と言われながら8年半生きたが、がん細胞は骨、肺、脳に転移し歯茎にも転移した。だから、麻央さんの状況は痛いほどよく理解できた。妻との会話で最後が近くなればなるほど妻が喜んだのは、「二人の息子はどこに出しても恥ずかしくない。おかん(関西弁でお母さん)が作った最高傑作だ!」という言葉だった。

妻はエンディングノートに記入していた。通夜、告別式は不要、遺体で自宅に戻る必要なし、病院から火葬場に直行し、「完全家族葬」で終了というものだった。私は妻が死亡日を自分で決めたのではないかと思っている。その理由は、当時次男は東レアローズバレーボールチームのアナリストを務めていた。私も妻も「チームにアナリストが帯同しないということはありえない。つまり、親の死に目に会えなくてもしようがない」と教え込んでいた。

妻は4月27日昼に旅立った。次男は静岡県三島市から26日に来て27日に看取り、28日に三島市に戻った。29日の練習に出て30日に大阪に出発し黒鷲旗全日本大会に出場した。日本人メンバーはすべてを悟って何も言わなかったが、ブラジル人のレアンドロ選手は次男を抱きしめて「大丈夫?大丈夫?」と涙を流してくれたという。

親ならば子が心配でならないものだ。だから、時には「ほっといてやって」、静かに見守ることも愛情だと思って欲しい。

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