スポーツに、エンディングという言葉はない!

2017年05月17日

新聞は、広い世界を教えてくれる!

20日にWBA(世界ボクシング協会)ミドル級王座決定戦に挑む、2012年ロンドン五輪ミドル級金メダリスト、村田諒太・31歳の言葉が今朝の道新に掲載された。

日本初の五輪メダリストの世界王者、 22年ぶり2人目の日本人ミドル級世界王座が懸かるが、と問われ、「両方とも意識していない。ミドル級の世界戦を実現する難しさ、日本で試合をやらせてもらえるありがたさを感じている」と答えた。

「プロ転向から4年、勝たないと自分という存在を失ってしまうかもという恐怖と戦ってきた。ボクシングはオープニングとエンディングが常に隣り合わせにある。変な形で負ければ終わりになりかねない。」

世界ランク上位のボクサーならば、正に世界戦は「始まりと終わり」が同居している恐怖があるのだろう。村田諒太の言葉には、誠実さと真実が見えた。

テニス選手の「八百長事件」と聞き驚いたが、元選手の三橋淳がテニスの不正監視団体から「永久追放・罰金5万ドル」の処分を受けた。2004年の中学日本一だが、記事には「10代のころからトラブルメーカーで、悪ガキのまま年を取っている」ともあった。15の春から悪ガキで、27の春に永久追放となれば、今後どう生きていくのか、それを考えるだけで恐ろしい。悪い言葉で「スポーツ馬鹿」という言い方もあるが、本人・保護者・指導者が「ブレーキとアクセル」を踏み間違えたのだろう。

札幌は「全国高校選手権大会」の「札幌地区予選会」のシーズンだ。負ければ終わりのトーナメント戦だ。個人戦競技ならば自分自身の戦いだが、団体戦競技なら「いかに全員が連携・連帯」出来るかに勝敗が懸かる。 高校からバスケットを始めて、2年生時に全道優勝、3年生時に準優勝、全国大会にも2年連続出場し3年生時には全国1勝も経験したが、試合前には「勝てるかな?負けたらどうしよう?」と不安だけが膨れ上がる。けがをして出場できない者もいる。けがから必死に復帰を図ってきた者もいる。不幸にして試合途中でけがをする者もいる。

恐れの感情は誰にでもある。そこに立ち向かうのは「友情精神」だ。仲間で「繋ぐこと」。ボールゲームならばボールを繋いで繋いで運ぶこと。繋いでボールを落とさないこと。

はっきりしていることは、スポーツには「オープニングはいつでもどこにでもある」が、「エンディング」はない。

私は今70歳で54年前の高体連のゲームを思い出すことができる。今年はそれ以上に、亡くなった親友から託された「17歳の少女の膝」を護るためにトレーナーとしてチームに参加することになった。

半世紀を越えて参加する高体連!「尊敬する後輩」である監督が自由に采配するために、ベンチは護って見せよう。

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