鵜久森淳志選手、応援していたんだよ!

2017年04月03日

あの時、君が打席に立つと迫力があった!あの時は「鵜久森、三振しろ!」と念じていた!

北海道初の甲子園優勝、駒大苫小牧高校の決勝戦の相手、愛媛県・済美高校の4番が鵜久森選手だった。祈りが通じて(笑い)君は爆発的な活躍を控え、わが北海道は開基以来初の甲子園優勝、津軽海峡を初めて優勝旗が渡ったのだ!

その君がなんと北海道日本ハムファイターズにドラフトされ、入団した!私は当然、君を応援した。心の中ではあの時「三振しろ!」と念じた反動というか懺悔の気持ちもあった。

11年間の北海道生活では君は輝くことはなかった。聞こえてきたのは態度のでかい?!後輩との「もめごと」ぐらいだった。そして2015年、君は日本ハムファイターズを自由契約、つまり「くび」になった。すぐに拾ってくれる球団はなかった。すでに結婚もして2女の父にもなっていた君はおそらく心中穏やかではなかっただろう。

トライアウトという「能力発表会」で君はヤクルトに拾われた。日本ハム時代には「ヤクルト」を飲んでいなかったかどうかは知らない。間違いなく、今は家族全員が「ヤクルト」を飲んでいるだろう!

そしてその甲斐があった!2017年4月2日、開幕第3戦目、対DeNA戦延長10回1死満塁、アナウンスは「代打、鵜久森」。「犠牲フライでもいい場面、待っていたらやられる。いったる!!」鵜久森は迷わず初球を振り切った!

代打サヨナラ満塁本塁打!!! セ・リーグ10人目!!

ヤクルトに「拾ってもらった」!「恩を返したいという思いで早出特打ちをしている」という。

鵜久森君、北海道にも「済美の主砲・鵜久森」を忘れず、応援している老ファンがいるのを知って、「ヤクルトの代打の切り札」になって欲しい!!

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コメント

私は今年で72歳ですが、伊藤さんと同じように、甲子園の済美:駒苫の決勝戦最後のバッターになった鵜久森を忘れられないでいました。たしかセカンドフライでゲーム終了になったと思います。その後、日本ハムに入団してからは1軍で打席に立つたびに応援していましたが、なかなか芽が出ずにハムでの選手生活は終わりました。ハムでもう少し頑張れなかったかナ?と今でも思っています。

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