指導者が「高を括る」と、青春ですら消える悲しさ。

2017年03月31日

那須の8人死亡の雪崩遭難事故は、栃木県警が現場検証し責任者が勤務していた大田原高校にも家宅捜索に入った。容疑は業務上過失致死だ。

今回の事故だけではない。いじめを苦にした自殺事件などでも、教師、校長、教育委員会委員長などが事件の後にいう言葉で多いのは「それほどのことだとは思わなかった」「ふざけているのだと思った」「特に嫌がっているようには見えなかった」「相談は受けたが、解決したと思っていた」、、、

那須の事故でも、「雪崩注意報が出ていたのは知っていた」「現場にはベテラン教師がいたから大丈夫だと思っていた」「雪崩が起きやすい地点を避ければ大丈夫」「ビーコンなどの電波受発信器は用意していない」、、、

さらに大田原高校山岳部顧問教諭で県高等学校体育連盟登山専門部委員長は現場近くの旅館にいて、無線機も手元に置いていない時間帯もあったことが確認されている。

現場は、「那須温泉ファミリースキー場」だが、2月下旬、三つあるゲレンデのうち第2ゲレンデ上方の山の斜面で雪崩の危険性があるとして2月25日から3月1日まで第2ゲレンデを閉鎖。ポールや看板を立てて立ち入りを制限したのだ。今回の雪崩はその危険地帯での発生だった。スキー場は3月20日に営業終了。残念なことは、このゲレンデの雪崩危険性による閉鎖について委員長は認識していなかったことだ。

事故は、責任者が「高を括った」ときに起きる。「程度を安易に予測する」「高が知れたことだと、あなどる」「物事を甘く見る」「大したことはないと見くびる」「これくらいのものだと軽く考える」、、これらが「高を括る」という意味だ。

栃木県高体連登山専門部という組織、専門部委員長という責任者、引率していた現場のベテランと言われた教師たちに、「高を括った」慢心はなかったか? 栃木県警の捜査の前に自分の心に問いただしてみて欲しい。

全ての勝負は「高を括った」方が負ける!16-17歳の青春も、指導者が「高を括れば」悲しく終わってしまうこともあるのだ。

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